一日目の四月

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担当編集が書類の手続きと打ち合わせのためうちまで来るという話だった。 なのにやってきたのは高校時代の元カレだった。 「望、久しぶりだろうね。いきなりだけど記憶喪失になっちゃって、思い出すまで面倒見てくれないかな?」 城田静はその名の通り静かな男だった。だからといって寡黙だとか無口だというわけでもない。言葉がするりとこちらにしみ込んで、それが当たり前のものと思わせるような、そんな魅力がある。何をしても穏やかでいつも微笑んでいて、怒った所は見たことがない。 顔もいいし育ちもいい。色白で柔らかそうな髪に細身のすらりとした体型。甘めに整った顔。何不自由なく育った男で、私と別れた後もきっと順風満帆に過ごすであろう人。 なのにそんな彼が記憶喪失になったという。 上品なセンスのある彼らしくないロゴ入り長袖Tシャツに上品なスラックスというちぐはぐな服装に、整えているかのように見える伸びっぱなし髪。いきなり来た割に玄関の端で縮こまるような態度。明らかに違和感のあるそれらから冗談ではなさそうだ。 「記憶喪失って、本当に?」 「交通事故で頭ぶつけたみたいでね。厳密に言えば記憶退行というのかな。高校生あたりの記憶はしっかりあるのにそれ以降の記憶がない」 「だから『久しぶりだろうね』って言ったの?」 「そう。望ならきっとすぐ理解してくれると思った」 こんな事に巻き込まれて、私は漫画家で良かったと思う。こういう変な事の理解が早い。 記憶退行。最近の記憶がすっぽりないということだろう。私にとっては久しぶりであって、静にとってはまだ最近の再会。 あぁ、でも、私は現在25歳。静の覚えている頃の私とは全然違うはずだ。 「それにしても望はきれいになったね。正直どきどきする」 「……そういうのいいから。そもそも私の連絡先をどうやって知ったの?」 今は肌しか軽く塗ってない顔で洒落っ気のない部屋着の私に言われても嫌味としか思えない。老けたと言われるよりはいいけれど。 しかしそれより気になるのはどうやって静がここに来たか、である。 私達が別れる事になって、私達はお互いの連絡先を消した。電話番号だって知らないし、連絡もとってない。風のうわさで何か聞く事はあっても、それをすぐ頭から消した。私には追及する権利はない。 電話で訪問を告げるのは難しいかもしれないけど、いきなり家に押しかけるなんてどうしたんだろう。そもそも私は漫画家になってから兄と共に引っ越しているから、静はこの部屋を知らないはずだ。 「望はきっと今漫画家になっているはずと思って部屋の本棚を探したんだよ。中原望と本名そのままのペンネームだったからすぐわかった。その漫画の出版社に親戚がいて、その親戚からこの住所を聞いたんだ」 「個人情報守れよ出版社……」 「勝手なことしてごめんね。でも僕はどうしても記憶を取り戻したくて。あ、漫画家になれたんだよね。おめでとう」 「あぁ、あんたのおかげでね」 付き合っていた時、高校生静は私に漫画家になればいいと言った。その言葉を昨日のように覚えている静は、私を信じて絶対に漫画家になると考えた。そこから探った。本名のままで活動したからすぐに私を見つける事ができた。後はおぼっちゃまの交友関係で個人情報を入手した、ということだろう。 文句は言いたいが、向こうは緊急事態かもしれないとなると怒れない。大人が高校生並みの頭脳になったならこうするだけが精一杯なのだろうから。 
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