一日目の四月

4/15
前へ
/104ページ
次へ
玄関からリビングへ、担当さんが来ると聞いていたから一応人を招く準備はしているので掃除済みだ。でも部屋の隅の方は見ないでほしい。とにかく段ボール箱が積んである。 そこの、いつもは兄が座る席に静を座らせた。 「一人暮らししているの?」 「一応兄さんと暮らしてる。って言っても海外出張の多い人だからあまりいないけど、今日帰ってくる予定」 「あぁ、咲良兄さん。うちの卒業生で伝説の」 すぐ兄の名前が出てくるのは、彼の記憶的には最近の事だからだろう。もしくは私のせいか、高校で流れた噂での兄さんのインパクトが強すぎるせいか。 サクラという名前にしては散りそうにない生命力強そうなのがうちの兄だ。大きい体で姿勢が良くて、とてつもなく活動的でなんでもこなす。私とあまりにも似ていない兄。 「確か、望が5歳の時に親同士の再婚でできた5つ上のお兄さんだよね?」 「そう、よく覚えてるね」 「僕の感覚的には最近の事だからね」 それは私達家族ですら忘れていた情報だ。私達は再婚してできた家族だ。もうこの家族でいる方が長いわけだし、うまくやっているから血のつながりのないことは忘れてしまいがちだ。 継母に当たる人はもう私には本当のお母さんとしか思えないし、兄さんなんてその面倒見の良さから妹になる私をとても可愛がってくれた。 「漫画、今度アニメ化するんだってね。忙しくはない?」 「今更気を使わなくていいから。アニメ化したって私の仕事は変わらないし。……まぁ書き下ろしあったり連載に穴は開けられないけど」 「本当に大丈夫?」 「ネームを担当さんに見せてOKもらえるまでは暇だからヘーキ」 ここで静はわけのわからない遠慮を見せる。幸い今はかなり暇な時期だ。編集さんに見せたネームでOKをもらわないと先に進めない段階で、普段なら別エピソードにとりかかったり資料集めする頃なのだから。 「少年漫画なんだってね。少し意外だった」 「兄のおかげで少年漫画の方が詳しいんだ。少女漫画なんて描けそうにないよ」 「そう? 付き合ってすぐの望は少女漫画の型にハマった行動ばかりしていたけど」 「……その付き合ってすぐの話の確認を始めようか」 話題をそらす。考えてみれば私達二人の接点を確認し合うだなんて、とても恥ずかしい事のような気がしてきた。私にとって静との交際期間は黒歴史と言えなくもない。 「メモ取るよ。あと、もしかしたら漫画のネタにされるかもしれない事も了承して。漫画家って意識してなくてもわりと経験が出てくるものだから」 「うん。ネタにしてくれるなら光栄だ」 本当につくづくおおらかな男だ。もちろんこちらはネタにするつもりはないが、無意識では過去の記憶が出てくるものなので難しい。
/104ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加