今度は素直に

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「横田くん、紛らわしいから良太くんで良いかしら」 「ええ、もちろん」 親同士がキャピキャピと話している中で、婚活当事者の私たちは静かに控えていた。 「良太くんはあなたと同じ大学なのよ。最近、こっちに戻って、転勤してきたみたいなの」 「はぁ」 「良太は経済学部だったの」 「同学年だけどこの子は文学部だから、知らないのも当然よね」 『知ってます』という言葉をフレーバーティーと共に飲み込んだ。柑橘系の香りがふわりと広がった。コーヒーを飲んでいる彼をチラリと見ると、苦そうに顔を顰めている。昔みたいに砂糖をたっぷり入れないから、そんな顔をする羽目になるのだ。近くにある砂糖を渡そうかと思って、思いとどまった。  ただお茶を飲み続けること1時間ほどすると、おもむろに彼の口が開いた。 「母さん、いつまで話すの」 私の気持ちを代弁してくれたのに、物事はうまくいかなかった。 「あぁ、そうね。私たちが喋り続けても意味ないわね。そうだ。この後は若い人同士で話しなさい。お母さん達は違うカフェに行くから。いいかしら」 「もちろんよ。前に言ってたチーズケーキでも食べましょう」 「いいわね〜」 私たち2人を残して、母達が立ち上がった。不満を伝えるように母の顔を見ると無言の圧を受けた。良太のお母さんがようやく私に話しかけた。 「良太はね。見た目も悪くないし、仕事もちゃんとしてるのに全然彼女ができなくて」 「はぁ、そうでしたか」 私は心の中で『どうせ隠してるだけ』と思いながらも、相槌を打った。私の時も家族には紹介してくれなかったから、紹介しないだけだろう。 「えぇ、そうなの。その理由がね。聞いてくれる?」 答えを必要としていない問いを受ける。私が頷く間もなく、彼女は続けた。 「大学時代の元カノを忘れられてないの。ずっと彼女と揃えたマグカップを使ってたのよ」 ハッとして視線を咄嗟に移すと、ゲホゲホと彼女の隣にいる男が咽せていた。自分の母を止めようと手を伸ばしているが、彼女は気にしていない。 「ハートが大きく描かれたマグカップがね。この間、割れたの。だからこれは運命だと思って婚活をしたら、ちょうど気の合う人に会うんだもん。やっぱり縁があると思うの。だから良太をよろしくね」 あなたが気が合ったのは私の母だと指摘する余裕もないまま、彼女は去っていった。私は顔を真っ赤にさせた彼女の息子を、大学時代の元彼を信じられない思いで見つめた。
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