今度は素直に

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 私はシュガーポットを彼の方に寄せた。良太は黙って受け取り、コーヒーに3杯入れる。ゆっくりと黒い液体に溶けていった。 「まだマグカップ持ってたんだね」 100円均一のお店で一緒に選んだマグカップは、私の家にはない。ハートの中に『Love』の文字が入っているのが痛々しかったから、捨ててしまった。 「もう割れたけど」 「結構もったほうだよ」 7年も使用するとは開発者も考慮してないだろう。彼は一口コーヒーを飲んで、微かに笑みを浮かべた。 「元カノとお揃いのマグカップに色々言われたでしょ」 「……別れるっていう話はしなかった」 「何の会話もしなくなっただけでしょ」 就職活動が始まり、距離ができた私たちはメッセージのやり取りもしなくなったまま卒業した。どんな会社に就職して、どこに住んでいるのかすら知らなかった。 「気を遣ってたら連絡できなくなった」 彼は長いまつ毛で影を作り、呟いた。 「就活中はみんな繊細だったし、不用意な言葉で傷つけたくなかった」 「そう、だね」 唇を噛み締めて、淡いオレンジ色の紅茶を見下ろした。彼も同じ思いだったんだ。 『面接どうだった?』 『内定決まった』 『最終までしか行けない』 ちょっとした言葉でも動揺するほど過敏になる人もたくさんいた。気を遣えば遣うほど、何を言えばいいか分からなくなった。私の内定が決まったことを伝えたくても、もし彼が決まっていなかったら……。言い争った結果、別れている恋人達もいたから余計に考え過ぎてしまったのだ。結局、自然消滅してしまったら意味がないのに。 「私もそう思ってた」 「そっか」 ポツリポツリと私たちは今のことを話した。話し始めると次第に、足りない部分が戻ってきたかのような温もりを感じた。 「今日、ここにきて良かった」 「私も。良太に会えるなんて思ってなかった」 初めは許可もなく婚活に登録した母に不満だった。でも今は懐かしい顔に会えたことに感謝している。もしかしたらやり直せるかもしれない。学生時代のように手を繋ぐイメージがふと頭の中に湧いた。 「俺は知ってたよ、君に会えること」 「え、うそ。驚いてたじゃない」 彼の表情が固まってたのは、付き合ってたから分かる。あの顔は驚いていた顔だ。すると彼は優しげに目を細めた。 「そりゃ驚くよ。昔と変わらず、いやもっと綺麗になってたから」 胸が一瞬鋭く鳴ったのを咳払いで誤魔化す。 「昔と違ってサラッと甘いことを言うのね」 「うん。前は言いたいことを言えなくて後悔したから。これからはちゃんと伝えるようにするんだ」 彼の手がゆっくりと私の手に触れた。 「久しぶりにデートしない?」 「どうしようかな」 彼と指を絡めて、笑い合った。
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