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暗くなった帰り道を、湊斗と律は並んで歩く。途中まで一緒に帰っていた部員たちも、それぞれ帰路についていき、結局最後はふたりになった。
「酒が飲めるようになったら、もっと長く騒げるのかな? そうしたら朝方にこうやって帰るようになるんだろうな」
「大学行ってもまたこんな好き勝手やる気か?」
「それはそうだろ? もっと自由になれるんだから。大学にはクイズ研究会はないらしいし、また立ち上げようかな」
「好きにしろ」
「湊斗は副部長な」
大学ならサークルだから副サークル長か、とひとりで楽しそうにしている律を、湊斗は呆れまじりに見つめた。鼻歌を歌いながら蛇行する律を見ていると、酒など飲んでいないはずなのに酔っ払っているのかと疑いたくなる。
前を歩きながら、律は首だけで湊斗を振り返った。
「そういえば、小笠原も来てたのか? 大会には申し込んでなかったよな?」
「見学に来てた。興味があったんだと。……お前が他人を気にするなんて珍しいな」
「俺、部長だぞ」
「でも律だ」
間髪入れずに突っ込めば、律は顔を引きつらせながら言葉を足した。
「湊斗が会場来たとき、甘ったるいにおいがしたから、気になってたんだよ」
「へえ」
小笠原の香水のことか、あるいは湊斗には感知できないフェロモンの残り香か。そう考えたとき、ふと小笠原の言っていたことを思い出して、気分が下がった。
――ミントの香り。
「俺も気になることがあったんだった」
「ん? うわっ、何だよ」
律の襟首を掴み上げ、同じ高さにある首筋に鼻を寄せる。すん、と鼻を動かしても、感じるものといえば食べ物の香りと、汗の香り、そして精々が消えかけた制汗剤の香りくらいだ。お世辞にも良い匂いとは言えない香りは、ミントの香りからはほど遠い。
「汗臭い」
「いきなり何だ。当たり前だろ。一日手に汗握ってた男子高校生がフローラルなにおいだったら逆に怖いわ!」
律が嫌そうに湊斗を振り払う。その雑な扱いに、おかしな話だが湊斗は気分が良くなった。
オメガならば感じられる香りは、湊斗には分からない。いつか律が見つけるだろう伴侶のように、律を癒し、律に慈しまれることも、湊斗にはきっとできないだろう。
代わりに、湊斗は律の隣で、同じ目線でじゃれあえる。それは、たとえ運命の番とやらが出てきても手の届かない、絶対不可侵の領域だ。
ひとしきり揉み合った後で、悪だくみをするように律が笑う。
「願いをひとつ、叶えてくれるんだったよな? 俺、湊斗と一緒に夜明けが見たいなあ」
「ゲームでもするか? それとも真面目に勉強会? 寝落ちするのが関の山だと思うけどな」
「湊斗が鈍いふりしても腹立つだけでかわいくないぞ。……時間がそれなりにかかって、目が覚めるような運動、あるだろ?」
「回りくどいし腹が立つな、その言い回し」
熱を込めて見つめてくる律に、根負けしたように湊斗は舌打ちをした。
「律が下な」
「俺、抱きたい気分なんだけど」
「やだよ。俺さっきカレー食べたし、突っ込んで痛い目見るのはお前だぞ」
「湊斗は甘口しか食べないじゃんか。今日勝ったのは俺だろ?」
腰に回された手を振り払って、湊斗は律の脛を蹴り飛ばす。大袈裟に痛がる律を笑いながら、湊斗は律の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
額をぶつけて、挑発するように舌を出す。目が合うや否や、頭を抱え込まれて、息ができなくなるほど深く口付けられた。
ふたりの脇を、自転車が通り過ぎていく。背広姿のサラリーマンがぎょっとしたようにこちらを振り返って、慌てて漕ぐスピードを上げていた。悪いことをしたと思いながらも、やめられない。目の前にいる律の、艶っぽい眼差しから目を逸らすことができない。
「……堪え性がないな、律?」
「どこかの誰かが煽ってくれるおかげかな。な、早く帰ろう?」
「親は」
「いたら打ち上げには出てないなあ」
内緒話をするように笑い合う。
「早く自由なふたり暮らしになりたいもんだ」
「楽しいだろうなあ。……もうすぐだ。受験なんて楽勝だろ、湊斗?」
「誰に言ってるつもりだ?」
「俺のムカつくアルファ様に」
「当然だ」
そばにいるためのひとつの嘘を、後悔した日は決してない。律の隣にいるためなら、どんなことでもしてみせる。
月明かりの下、湊斗は律を見つめて誇らしげに笑った。
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