そばにいるための一つの嘘

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らしくもなく狼狽し、湊斗は咄嗟に指を引く。律は湊斗を抱きたがっていたはずだ。当たり前みたいに湊斗をオメガの代わりにしようとしていたのが気に食わなかったから、湊斗は律が嫌がっても組み敷いてやろうと思っていたのに。 「だってお前、アルファだろ……、律……?」 「知っての通り。それを言うなら湊斗だってそうだろ? どっちやりたがるか分かんなかったから、せっかくならお前の童貞、食ってやろうと思って。準備してた」  律は堪えきれないとばかりに唇を歪め、湊斗の腕を掴む。そのまま湊斗がバランスを崩すのも構わず、律は強く腕を引いた。ほとんど倒れるように覆い被さった湊斗を軽々と抱き止め、あやすように律は笑う。 「ふたりでやるなら怖くない、だろ? 何も考えなくていい。気持ちよければそれでいいじゃんか。俺は間違っているか、湊斗?」  嫣然と微笑む律の顔を見て、かっと頬が熱くなった。心を見通された恥ずかしさと、敵わないと白旗を上げたくなるような劣等感で、胸がぐちゃぐちゃになる。  律のこういうところがひどく癪に触るのに、どうしようもなく惹かれてしまう。胸に溜まった色々な感情を律に無遠慮に踏み荒らされた挙句、律が望む形に整えられた気分だった。  湊斗にとっての王さまを組み敷く背徳感と、それを許されたことへの喜びだけが、はっきりと自覚できる。 「ほら、来いよ」    促されるまま、律の足を割り開く。もう慣らす必要もないほど柔らかくほぐれているその場所を、確かめるように指で探れば、掠れた声で律が「嘘だろ、挿れ方も分からない?」なんて煽ってくるものだから、理性なんてどこかに吹っ飛んでいった。  熱く熟れた場所に自身を当てて、腰をゆっくりと進めていく。背をしならせ呻く律の姿は、湊斗の目にはめまいがするほど官能的にうつった。 「ふ、うっ」 「痛い、か? ごめん、律。俺……っ」  謝罪なんて口ばかりで、勝手に動く腰を止めることができない。突き上げるたび床に擦れている律の頭が気の毒で、せめてと手のひらで律の頭を抱え込む。深くなった交わりに、いったい自分はどんなみっともない顔をしていたのか、吹き出すように律が笑い出した。 「ぶっ、あはは、湊斗……! ああ、いいな、これ……、お前が俺の中にいる。悪くない。全然、悪くない。気持ち、いいな?」  気味が悪くなるほど上機嫌に律は笑う。不慣れで不恰好な動きの中で、それでも湊斗は必死に律の反応を伺った。記憶と、律の表情を頼りに、律が感じられる場所を探し出す。 「んっ、う……、っ……湊斗、もっと」 「ん、律……っ」  律の指が背に食い込んで痛いのに、その痛みにさえ興奮した。  古びた床がぎいぎいと軋む。扉一枚隔てれば、そこにあるのは学び場だというのに、気にもならない。律が腕の中にいるという倒錯的な状況を前にすれば、そんなことはどうでもよかった。  腹に擦れる律のものから熱い液体がごぽりとあふれ、強い締め付けに、堪えることもできずに湊斗も達する。しばらく重なり合って息をして、そろりと体を離したときには、律は楽しそうに笑っていた。 「は、童貞卒業、おめでとう」 「うるさい。たかだか数ヶ月差で先輩ぶんな」    なんてことないふりをして返したけれど、湊斗の内心は、律の顔をまともに見られない程度には平常心を失っていた。  日の暮れかけた教室で聞いた途切れ途切れの低い嬌声と、この汗ばんだ肌の感触を、きっと湊斗は一生忘れられない。誰かと触れ合うたびに思い出すだろうと思うと、少し怖くなった。    達した直後の虚脱感に気を取られていた湊斗は、律の目のぎらつきが収まるどころか、鋭さを増したことに気づかない。落ちた服の合間から律が錠剤を取り出したことも、それをタブレット型の菓子とさりげなく混ぜたことも、気づかなかった。 「湊斗、ほら。あーん」 「ん」  唇の間に押し込まれたタブレット剤を、疑うこともせずに噛み砕く。すっと口内に広がったのは、湊斗の好むブドウの味だ。慣れ親しんだ味だったから、ほんのわずかに混ざる苦味も気づけなかった。 「休憩、休憩、と。ふんふーん」  律の鼻歌が心地よくて、気づけば湊斗は目を閉じていた。  まともにオメガのフェロモンを嗅いだのだから、律はきっと一度じゃ興奮が収まらない。相手をしてやらなければと思うのに、眠気に抗えなかった。 「悪い……ちょっと、きゅう、けい……」 「いいよ。おやすみ、湊斗」  優しく口付けられた気がしたけれど、気のせいだろう。湊斗の知る律は、そんな意味もない、何かの感情を感じさせることはしない。してほしくもない。  膜を隔てたように音が遠ざかり、意識が落ちていく。 「今日は一錠だけだから、お前、途中で起きちゃうかな?」  長く細い息を吐いた後で、楽しそうに律が言った。優しげな声音にひそむ無邪気で残酷な響きに、ああ、その方が律らしいとほっとする。 「この俺が突っ込ませてやったんだ。怖がりのお前だって、これなら納得するだろう? フェアだもんな」  頭を撫でられる感触がした。心地よくて、律の声が遠くなっていく。 「好きだよ、湊斗。遊びだって、思ってたいならそれでいい。逃げないなら、それでいいんだ。お前がそっちの方がいいって言うなら、俺はずっとそうするよ」    何を言っているのかも分からない。真っ暗なぬるま湯につかっているような心地よさに、湊斗は意識を手放した。
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