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「おつかれさまでーす」
会場近くのファミレスで、ドリンクバーのカップを打ち合わせる。スピードキューブ大会のあとの、ささやかな打ち上げを兼ねた夕食会だった。テーブルの隅には、ルービックキューブでできたピラミッドがひっそりと建設されている。
「五×五のキューブってクソ難しいのに、部長も副部長もさすがですよね」
興奮したように掛けられる声に、律はからからと笑って答える。
「基本は普通のキューブと変わらないよ。普通のやつは湊斗に負け通しだけど、五×五×五は俺の方が早かったな!」
「言うほど差はなかっただろ」
「三秒は結構な差じゃね? そうむくれるなよ、湊斗。負けて悔しいからって」
ぽすぽすと頭を叩く律の手を叩き落とす。大会の結果、湊斗は僅差で律に負けた。負かす気満々で睡眠時間を削って練習していただけに、湊斗からすれば面白くはない。
「また勝負してたんですか? 本当好きっすね。副部長も、最初は出ないって言ってたのに結局出てるし」
「こいつが出ろ出ろうるさかったんだよ」
律を手で指してそう言えば、悪びれもせずに律は片眉を上げ、鼻を鳴らした。
「勝ち負けがある方が張り合い出るだろ? 俺がやりたいって言ったら湊斗は絶対やってくれるからな!」
「部長、そんなに副部長に甘えっきりで大丈夫なんすか? 卒業しても生きてけますか?」
「同じ大学行くから、平気平気。次は受験の順位で勝負するか、湊斗? 主席挨拶をどっちが取れるか賭けようじゃないか」
「言ったな? 今から始めるお前と違ってこっちは一年のときから真面目に対策してるんだ。負けたらお前がPS5全額払えよ、律」
「望むところだ。PS5と言わずSwitchでもPS Portalでもなんでも買ってやるよ」
部員そっちのけで言い合いを始めたふたりを、周囲は生温かい笑みを浮かべて見つめる。
「受かることは確定なんすね。おふたりの志望校、最難関校だったと思うんですけど……」
「言うだけ無駄だよ。無駄にハイスペックな人たちだから」
「つーか、ゲーム機総ざらいって。五十嵐部長んち、やっぱ金持ちだな」
「親の金っていうか自分の金だよ、多分。自由にできる金がもっと欲しいから大学入ったら起業するって、この間仰木先輩と話してたし」
「……天は何物与えれば気が済むんだ? そのスペック、ちょっとでいいから俺にも分けてほしいよ」
ひとしきり言い合いをして、律と湊斗の間で次の勝負ごとが決まる。まわりでそれを見ていた部員が、そういえば、と首を傾げた。
「なんで副部長、いつも部長に付き合ってあげてるんですか? 面倒くさそうなのに、絶対最後は折れてますよね」
思わぬことを問われた湊斗は、眉を寄せながら口を開く。
「幼稚園のとき、こいつ泣いてたんだよ。『誰も一緒に遊んでくれない。つまらない』って」
言いながら、湊斗は幼いころの甲高い律の声を思い出す。
日の落ちた幼稚園で、湊斗はいつもひとりぼっちで迎えを待っていた。気遣わしげな保育士の視線から逃げるように、膝を抱えて隅にいた。
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