そばにいるための一つの嘘

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 高校は、家から一番近い進学校に決めた。湊斗と律は当然のように同じ高校で、同じクラスに配属された。中学のころから頭角を表していたふたりは、成長に伴いさらに人目を集めるようになっていた。  同世代の平均よりも高い身長と、精悍な容貌。全国区でも一桁の順位を取れる高い学力に、体育祭で活躍できる程度には優れた運動能力。育ちのいい優等生然とした姿勢を崩さぬ律に対して、湊斗は髪を明るい茶色に染め、着崩した装いをすることを好んだけれど、ふたりの周囲に人が集まることは変わらなかった。    新入生勧誘の波から逃げ出して、湊斗と律はふたりでのんびり帰路に着く。深く差し込む夕陽を受けて、校門前の坂道は真っ赤に染まっていた。長く伸びた影を踏みながら、律は楽しげに湊斗を振り返る。 「湊斗、一緒に新しい部活を作らないか」 「嫌だね。行きも帰りも一緒なのに、なんで部活までお揃いにしなきゃなんだよ」  恋人だって作りたいし、夜歩きだってしてみたい。お前みたいないい子ちゃんとじゃ、ろくに羽目をはずすこともできやしない。  そんな湊斗の主張は、当然のように聞き流された。 「だって俺、文系志望だし、湊斗は理系志望だろ? 二年からクラスが別になるじゃないか」 「だから何だよ」 「つまらないだろ。湊斗がいないなら、俺ぶっちぎり一位確定だし、張り合いがない」  傲慢な言葉だった。本人に悪気がない分、余計にたちが悪いとすら思う。  五十嵐律は天才だった。  特別に力を入れて勉強しているわけでもないのに、教科書を流し見るだけで大半を理解する。テストだって、一ヶ月前から対策しなければ点が取れない湊斗と違って、前日にノートを見返すだけで満点近い点を取る。  はたから見れば傲慢で無神経で嫌味なやつだということを、多分本人だけが分かっていないのだ。 「部活で湊斗と一緒になれば、競争できて楽しいかなって」    人の苦労も知らないくせに。  胸に苦々しい気持ちが広がる一方で、湊斗は知らず、唇を歪めていた。  湊斗がいないなら、と律は言った。  自分だけが隣に立てる。自分だけがこの天才と競い合える。それを望まれ、許されている。優越感に似た喜びが、じわじわと胸に広がっていった。内心だけでその甘さを味わいながら、湊斗は無関心を装って返事をする。   「何作る気だ」 「パズル研究部」 「は?」 「俺、部長。湊斗は副部長ね。ここに名前だけ書いてくれればいいから」  几帳面な字で埋められた届け出に、湊斗は言われるがままサインをする。やると言ったらやるのが律という人間だ。当然のように巻き込まれることを、湊斗も心のどこかで歓迎していた。
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