そばにいるための一つの嘘

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 がたんごとん、とやかましい音を立てて電車が進む。古くからあるというこの路線は、通学には便利だけれど揺れと轟音が玉に瑕だ。  きっちりとつり革を掴む湊斗とは対照的に、何も掴んでいない律は、己の足だけでバランスを取って遊んでいた。その器用な男は、先ほどから熱心に湊斗を眺めて難しい顔をしている。 「黒かな、やっぱり」 「自分の頭の中で完結するのやめろよ。今度は何だ」 「ピアスの色を考えてた」  当たり前のように伸ばされた律の指が、ふに、と湊斗の耳たぶを摘まんで撫でる。くすぐったさに首をねじれば、嫌がらせのように律は耳に爪を立ててきた。 「フープかな、スタッドかな。派手なのも似合いそう。でも湊斗はきつめの顔だから、シンプルなデザインの方が格好いいかもな」 「お前、聞いてたのかよ」 「何を?」  笑顔のまま、律はぐり、と耳たぶをつかむ指に力を込めた。地味に痛い。  何でも競いたがる律のことだから、珍しく湊斗が女子に声を掛けられていたことが気に入らないのかもしれない。ふにふにとひとしきり湊斗の耳たぶをこねて満足したのか、律はぱっと両手を広げた。 「湊斗。うち、寄ってくだろ? 開けようよ、ピアス。ピアッサーもあるから」  ほら、と見せびらかすように律は市販のピアッサーを取り出した。柔和な微笑みを浮かべる顔は、不機嫌なのか上機嫌なのか読みにくい。ぐいぐいピアッサーを押し付けてくる手を押し退けて、湊斗はぎゅっと眉間にしわを寄せた。    「いきなり何だよ。気色悪いくらい準備がいいな。お前も開けたかったのか」 「俺? いや、俺は別に。湊斗にと思って」 「開けたきゃ自分で勝手に開けるし、お前の世話になることなんて……、いや、待て。俺が開けるから、お前も開けろ。ひとりだけ痛い目見るのは不公平な気がしてきた」  言った後で、それはいい、と湊斗は口角を上げた。この真面目な優等生然とした男の体に、普段の装いにそぐわぬ金属を埋め込むのだ。考えるだけで楽しくなった。  同じ背丈のふたりは、向かい合うと目線が同じ高さに来る。何しろ生まれたときからの付き合いだ。目を合わせれば、なんとなくお互いの考えは感じ取れた。律が楽しそうにしている理由が、なんとなく分かる。   「ピアッサー、ふたつ持ってるんだろ?」 「予備のつもりだったんだけどな。湊斗が開けてくれるなら、開けてもいい」 「なら、一個手前で降りようぜ。途中にアクセ屋、あっただろ。買ってこう。今日、おばさんたちは?」 「いない。仕事で週末まで帰ってこない。家政婦さんも朝まで来ない」 「最高だ」  悪だくみをするように、湊斗と律は目を合わせて笑う。電車の扉が開くが早いか、競い合うようにふたりは駅のホームに降り立った。
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