1節 紙を切る

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 嫌だ。成長すると考えが及ばなかった事柄まで気付くようになる。たとえば、奉納品の保管期間とか、処分方法とか。 『紅子』  (はかな)げな声が頭の中でこだまする。  神長とは紙切神社で出会った。同じ年頃の子が、遊び場の隅に一人でいたから、迷子かと思って声を掛けたのだ。  振り返った神長の目は、一瞬で心を奪われるほど赤かった。反対に髪は白かった。肩で切りそろえていて、さらさらと風になびいていたのを覚えている。  華奢(きゃしゃ)な体つきで、大人っぽい女子だと思った。その印象に違わず迷子ではなかったらしい。神長の手には一枚の紙と一本のはさみが握られていた。 『なにをするの?』 『紙切りですよ』  カミキリ。片言で聞き返せば、神長は実践してくれた。何の変哲もない紙が形を変えて作品になっていく。目が離せない。あたしは紙切りという芸に夢中になっていた。  特に、完成品を渡された時の胸の高鳴りは今でも忘れられない。  あたしの手の中に子供がいた。ただの白紙だ。頭では理解していても、髪の毛の部分は黒く、シュシュの部分は赤く色づいているように見えた。 『君を題材にしました』 『ありがとう! あたし、いちじょうべにこ』  記憶を引き出したことで両親の教えも思い出す。  一人称は「私」にすべき。口酸っぱく言われてきたが、公の場以外で両親に従いたくなかった。 『また、きてもいいかな』 『はい』  それからというもの、事あるごとに鳥居をくぐった。 『紙が濡れるから、天気の悪い日は私に会えないでしょう』  そう言われたので晴れた日に行けば、必ず会えた。会うたびに紙切りの芸を見せてくれた。  神長は不思議な女子である。お礼をしたいと申し出たら、村の様子や小学校での出来事が聞きたいと言ったのだ。後者はともかく前者は神長の方が詳しい。芸の最中に語られる雑談は知らない世界であふれていた。  神長は世間を教えてくれた。自分のことは全然語らなかった。あたしが知っているのは、紙切りが得意なことと、神長という名字だけである。  だからこそ、なのかもしれない。  いつの間にか神長のことも意識していた。  見かけによらず豪快に笑う姿が好きだ。どうしたら笑ってくれるだろうか。学校の話だけでは足りない。神長の心をもっと奥まで暴きたい。  そういう欲求を抱いた時点で、友達という枠はすでに越えていた。
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