1節 紙を切る

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 だが一条家の都合で引っ越すことになった。  小学校を卒業したら勉強漬けになるのはうすうす感じていた。進学先が中高一貫の女子校かつ偏差値の高い学校だったからだ。  お互いにスマートフォンは持たされていない。気兼ねなく何度も新幹線を往復できるほどの余裕もない。 『神長にこれをあげる』  引っ越しの前日、両親の目を盗んで神社へ行き、赤いシュシュを贈った。 『おそろい。あたしたち、ずっと友達だよ』  青空の下で告白をした。友達として振られることはなかったが、女としてけじめをつけることはできなかった。  連絡先は知らない。だから今も疎遠になっている。  大学の先輩に目をつけたのも、儚げな雰囲気に神長を重ねたからだ。女と男で体格の違いはあっても、先輩はどことなく神長に似ていた。 「朱色……」  不意に鳥居の柱が見えて呟いた。色も形も存在感がある分、目を引く。参道を渡って気付けば、ここまで来ていたらしい。  追憶にふけるのは終わりだ。  前を見据えるとキャンパスが目に浮かぶ。大学生としての日常だからだろう。  鳥居をくぐる。次いで回れ右をして神社の方向に体を向けた。非日常との境界線は越えた。そこに失礼しますの意味を込めて一礼する。  その後、振り向いた先には長い石段が続いていた。ここからだと最初の一段は見えない。しかも結構な急斜面である。上る前も似たようなことを思ったが、やはり圧巻の光景だ。  うっすらと白い石段を滑り落ちないようにしながら踏んでいく。一段、また一段と下りていく中で、今後の予定を考える。時間はある。せっかく戻ってきたのに、このまま駅に向かうのはもったいない気がした。  昼食は参拝前に済ませたし、夕食にはまだ早い。そうなると必然的におやつという単語が思い浮かんだ。  紙切神社の近くには老舗の和菓子屋がある。祖父母におねだりして買ってもらっていた上品な味が恋しい。  花びら餅。酒饅頭(さかまんじゅう)山茶花(さざんか)のねりきり。  冬の和菓子を想像しておなかが鳴る。そこへ間髪を入れずに体重計が現れて、理想から一気に現実へ引き戻された。飲食店はだめだ。先日、体重計が表した数値を見て、真っ青になったことをもう忘れていたのか。  自分の危機管理能力の低さに愕然(がくぜん)としている間にずいぶんと下りていたらしい。目の前にある石段は残り一段だった。
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