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だが一条家の都合で引っ越すことになった。
小学校を卒業したら勉強漬けになるのはうすうす感じていた。進学先が中高一貫の女子校かつ偏差値の高い学校だったからだ。
お互いにスマートフォンは持たされていない。気兼ねなく何度も新幹線を往復できるほどの余裕もない。
『神長にこれをあげる』
引っ越しの前日、両親の目を盗んで神社へ行き、赤いシュシュを贈った。
『おそろい。あたしたち、ずっと友達だよ』
青空の下で告白をした。友達として振られることはなかったが、女としてけじめをつけることはできなかった。
連絡先は知らない。だから今も疎遠になっている。
大学の先輩に目をつけたのも、儚げな雰囲気に神長を重ねたからだ。女と男で体格の違いはあっても、先輩はどことなく神長に似ていた。
「朱色……」
不意に鳥居の柱が見えて呟いた。色も形も存在感がある分、目を引く。参道を渡って気付けば、ここまで来ていたらしい。
追憶にふけるのは終わりだ。
前を見据えるとキャンパスが目に浮かぶ。大学生としての日常だからだろう。
鳥居をくぐる。次いで回れ右をして神社の方向に体を向けた。非日常との境界線は越えた。そこに失礼しますの意味を込めて一礼する。
その後、振り向いた先には長い石段が続いていた。ここからだと最初の一段は見えない。しかも結構な急斜面である。上る前も似たようなことを思ったが、やはり圧巻の光景だ。
うっすらと白い石段を滑り落ちないようにしながら踏んでいく。一段、また一段と下りていく中で、今後の予定を考える。時間はある。せっかく戻ってきたのに、このまま駅に向かうのはもったいない気がした。
昼食は参拝前に済ませたし、夕食にはまだ早い。そうなると必然的におやつという単語が思い浮かんだ。
紙切神社の近くには老舗の和菓子屋がある。祖父母におねだりして買ってもらっていた上品な味が恋しい。
花びら餅。酒饅頭。山茶花のねりきり。
冬の和菓子を想像しておなかが鳴る。そこへ間髪を入れずに体重計が現れて、理想から一気に現実へ引き戻された。飲食店はだめだ。先日、体重計が表した数値を見て、真っ青になったことをもう忘れていたのか。
自分の危機管理能力の低さに愕然としている間にずいぶんと下りていたらしい。目の前にある石段は残り一段だった。
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