1節 紙を切る

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 最後の段差を下りて視線を巡らす。右か、左か。はたまた真正面か。どの道を通っても駅へ行くことは可能だ。問題はそこに至るまでの道のりである。  脳裏にある紙切村は色あせていた。散策をして、鮮明な街並みを目に焼き付けたい。 「ん?」  ふと、記憶にない看板が目に留まった。真正面の道、横断歩道を渡った先にある。 「『岩花火(いわはなび)』?」  店名の上に、すきばさみの絵が描かれていた。美容院なのだろうか。  看板から少し目線を落として外装を見る。白を基調とした素朴な雰囲気だ。一部はガラス張りになっていて、店内の様子がうかがえた。清潔感のある空間にカット台とスタイリングチェアが並んでいる。  胸を覆う茶髪を一房だけすくって、人差し指に絡ませる。朝から気合いを入れて巻いた髪だ。  あたしは中学から髪を伸ばし始めた。理由は神長だ。カミナガという名字を見える形で自分に刻み、神長との思い出を忘れないようにしたかった。我ながら未練がましいとあきれているが、それ以来、ずっとロングヘアで過ごしている。 『どの子がタイプ?』 『この子』 『黒髪ショートの清楚(せいそ)系か』  以前、たまたま聞いた会話が脳裏をよぎる。  一冊の雑誌を数人の男で囲んで談笑していた。その輪の中に先輩もいた。あたしは先輩の好みではないらしい。  先輩との仲を祈願しながら、外見しか見ていない自覚はある。そういう態度はおそらく相手にも伝わる。だから進展しないのだろう。 「切るか」  ばっさりと。それこそ、七年の未練ごと。  指に巻きつけていた髪を放して美容院へ向かう。予約はしていない。初来店だし、断られる可能性が高いだろう。その場合は散策を再開すればいいだけだ。  カラーまで頼むと時間がかかるから、今日はカットだけにしよう。清楚な雰囲気はともかく、ショートヘアという条件は満たされる。もともと形から入った恋だ。今さら恥も外聞もない。  横断歩道を渡って間もなく店前に到着した。  ドアの前に立ち、取っ手をつかんで押す。併せて、上部に備えられた鈴が軽やかな音を立てた。
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