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あたしは椅子に腰掛けてアンケートと向き合う。質問は、来店のきっかけだとか髪に関する悩みだとか、他の美容院でも書いたようなものが多かった。
ペンを走らせて数分がたつと、店員が様子を見にきた。準備が終わったのだろう。こちらも書き終えたので用紙とペンを手渡す。店員は用紙に目を通しながら口を開いた。
「ありがとうございます、一条さ――」
一条様。そう呼ぼうとしたであろう唇が強張った。
「一条紅子……やはり紅子でしたか」
客として見ていた目に親しみの色がにじむ。突然のことに動揺して磔にされたように椅子から動けなくなった。
「か、み、なが」
勘違いではなかったのか。
「はい。紅子が小学校を卒業して以来でしょうか。しばらく見ないうちに、とてもきれいになりましたね」
会話を続けられない。話の種はいくらでもあったはずだ。
「神長、さんは、男性だったんですね」
ようやく絞り出した話題に自己嫌悪する。
少なくとも初手で聞くべきことではないだろう。ほら、見ろ。神長もきょとんとした顔をしているじゃないか。
「そういえば、言っていませんでしたね」
神長が腹を抱えてからからと笑う。
「あと、なぜ急にさん付けなんですか。様相が変わっても根は真面目ですね。かわいいヒトだなあ、もう」
よほどツボにはまったらしい。指に力が入りすぎて用紙にしわが寄っている。
その姿に心をわしづかみにされた。面影がある。七年の成長に驚いたけれど、笑い方は変わっていない。この人は間違いなく神長だ。
痛感した瞬間、今度は甘酸っぱい気持ちになった。
かわいいと言われた。思春期に異性と接触する機会が少なかったとはいえ、大学では持ち前の明るさを武器に、周囲から浮かないよう立ち回ってきたつもりだ。
「神長。笑うのをやめないなら帰るから」
「す、すみません」
ひとしきり笑った後、神長は息を整えながら用紙を受付台へ片付けに行った。
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