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現実に引き戻された岩雄は、ようやく状況を理解した。というより思い出した。
「あ、理沙さん。」
『ワンッ』
(あ、じゃ、ねぇよ。)
状況は緊迫している。
尾行中に寄り道する探偵が何処にいようか。
しばらく立ち尽くす岩雄。
脱力しているのか、空になっていた缶コーヒーがカランカランと滑り落ちた。ワトソンは落ちた空き缶を咥え自販機横の空き缶入れに丁寧に押し込む。
『クゥーん』
(はぁ。 仕方がねぇな、全く。)
ワトソンは犬なりに呼吸を整えると、勢い良く走り出した。
「え、ワト、、うわぁっ。」
突然の猛ダッシュに、リードはまるで獲物の掛かった釣り糸の様に岩雄を強く引き寄せた。
まるで、漫画の様に犬に引っ張られる成人男性は周りからはどう映っているだろう。これといった抵抗も出来ずに、ただただワトソンの向かうままに進む。
ワトソンは走る。全速力で。犬のとしての本領を存分に発揮しながら。
クンクン。こっちだ。
クンクン。あっちだ。
来た道を戻り、更にその先へ。
追っている匂いがだんだんと強くなってゆく。
ワトソンの鼻は、理沙さんの香水の香りを完全に捉えている。
「あ、あれは、、、理沙さん?」
先に視界で捉えたのは岩雄の方だった。
「ち、ちょっと、、まて、ワ、、ワトソン。」
岩雄は、リードを強く引っ張ると前進しようとするワトソンに静止を促す。
『バウッ』
(おっ、理沙さん。ようやく追いついたか。)
すかさず、隠れられそうな立て看板の裏に身を潜める。
理沙さんはちょうどある建物に入ろうしているところだった。
「でかしたぞ。ワトソン!きっとここが密会場所に違いない!」
岩雄は鞄からカメラを取り出すと最善の注意を払いつつカメラを構える。
ピピッ。パシャッ。パシャッ。
オートフォーカスの音とシャッター音が鳴る。岩雄はすぐに立て看板に身を隠すと、撮影したカメラのデジタル画面を確認する。そこには、理沙さんが建物に入る瞬間を見事に記録されていた。
「よしっ。なんとか撮れたぞ!」
岩雄は、ハイタッチをする様に両の手の平をワトソンに向けてくる。喜ぶ岩雄につられてかワトソンも両の肉球を当てた。
「さてさてさーて、この建物は一体どこの何屋さんなんだい。」
理沙さんは既に建物に入った後で、入口近くに人気はない。岩雄とワトソンは正面入口の前までやってくると店名らしき看板が視界に入ってきた。
【フィットネスクラブ ガリザップ ※シャワー完備 〜あの頃の体系をもう一度〜】
その他に、努力は裏切らない、もう一度あの人を振り向かせよう、などの謳い文句が活字で書かれた広告があった。
「これって、いわゆるジムってやつか。」
『ワンッ。』
(こんな事だろうと思ったぜ。)
※※※※※
それから、岩雄とワトソンは約束の2週間丸々使って理沙さんの尾行を行った。
そして、二三男さんへ調査結果を報告する当日が訪れる。
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