妖狐の護り

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妖狐の護り

 家の使いの帰り、夕闇が迫る中でセツは一輪の菊の花を手に町外れの小道へと赴いた。  鬱蒼とする雑木が囲うそこは、かつて姉のゆきが辻斬りに遭った場所である。  姉が亡くなった朽ちた竹垣の側に菊を供え、セツはしゃがみ込んで手を合わせる。  毎年、姉の命日にはここに訪れていた。  祝言を前に亡くなった所為で姉は柊木家の墓には入れず、納骨した先祖代々の墓は両親が亡くなると同時に継ぎ手が無いからと寺の一方的な都合で墓仕舞いを余儀無くされた。  義父の情けで三人の遺骨は義兄、祥之助が世話になっていた都の寺の墓地に場所を貰ったが、その寺は片道だけでも半日は掛かる距離で、病気がちなセツの足ではとても墓参りには行けなかった。 「姉様…、また来ますね…」  独り呟き、そっと腰を上げる。  暮れ泥む陽に目を向け、咳をしながら憂鬱さに肩を落とした。  早く帰らねば主人に叱られるが、拗らせた風邪で胸が苦しく、体が重怠い。  何処かで休みたいが、その暇はないと踵を返した。 「…おい、奥さん。こんなところで何してんだい?」  そんな声にはたと振り返る。  瞬間、ヒュンと白刃が横切った。  驚きに悲鳴も出なかった。  尻餅を突き、ばっさりと裂けた襟元にジワジワと恐怖が押し寄せる。  あと一歩、ほんの一瞬―――、迫った人影に後退るのが遅ければ、確実に死んでいた。 「あ〜あ、楽に殺してやろうと思ったのによぉ」  襲い掛かった刀を肩に乗せ、三人組の破落戸がニタニタと笑う。  逃げなければと心は叫ぶのに、ガタガタと足が震えて立ち上がることも出来なかった。 「おい、さっさと片付けろ。こんな醜女じゃ売り物にもならねぇんだから」  主犯格の男は、そう言って面倒臭そうに項を掻く。  その声を合図に襲い掛かった男が再び刃を振り上げる。  ――もう駄目!  絶望し、恐怖にギュッと目を伏せる。  その刹那だった。  吉次郎の言い付けで懐に入れていた護符が着物の裂け目からひらりと舞い落ち、バチンと火花を散らす。  驚いた男は咄嗟に飛び退き、残りの二人も怯えたように刀を構えた。 「な、何だよ。ただの紙切れじゃ…」  燃え出す護符に破落戸は拍子抜けとばかりに鼻で笑い、再度セツに襲い掛からんと歩み寄る。  しかし、またも懐からひらひらと護符が舞い落ち、今度は意思を得たように宙に浮くや不気味な青く力強い火を燈した。
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