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風に乗って色付き始めた紅葉の葉が、ひらりひらりと舞い落ちる。
そんな庭先を眺めつつ、主人の褞袍を繕うセツの傍らには、母の教えを請いながらたどたどしく半纏を作る娘の姿があった。
「セツ、寝ていなくて良いのか?」
部屋を覗いた吉次郎は甲斐甲斐しくセツの背を擦る。
相変わらずの細さだが、その顔色は明るかった。
「小春、母上に茶を頼む」
「はーい!」
元気な返事で娘は縫い物を置き、パタパタとお勝手へ。
そんな背を見送り、吉次郎はそっと懐から真新しい簪を取り出した。
「あら…、それどうされたんです?」
針を針山に休めつつ、珍しい土産に目を丸くした。
「先日、街で見つけてな。雪華殿に似ているから買ってみた」
そう答え、吉次郎は簪をセツの髪に差し込む。
寄せられた手鏡で見てみれば、狐を模した木彫りの飾りが揺れていた。
「具合が回復したら、挨拶を兼ねて白狛山に紅葉狩りに行かないか?殿も暫しの暇をお許しくださった」
吹き込む秋風から護るように、己の羽織を妻の肩に被せつつ吉次郎は訊ねる。
主人の提案にセツは楽しみだと嬉しそうに笑みを零した。
「母上もお山に行くの?小春も行きたい!」
そんな無邪気な声を上げながら、戻って来た娘は淹れてきた茶を畳に置いて、母の背に抱きついた。
「ふふっ、まずは山歩きに向けて体力を回復させねばなりませんね」
茶を貰いつつ、セツは苦笑い。
吹き抜けた秋風に導かれるように庭先を眺め、茜に染まりゆく遠くの山に思いを馳せながら夫婦は自然と肩を寄せ合った。
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