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隠し事
姉の命日が迫った初夏、主人の吉次郎が仕事でもないのに度々家を空けるようになった。
当人は出家した義理の兄、祥之助に会いに北の山に行っていると言うが、その顔は常々晴れやかで女の勘が遂にこの時が来たと知らせた。
この二十年あまり、祥之助は行脚修行と称して行方知れずとなっていた方だ。
今更になって見つかるとは思えない。
「…旦那様、宜しければこれを」
見送りの玄関前、セツは恐る恐る包みを渡した。
中に入れたのは昼餉の握り飯。そして真新しい櫛と簪を忍ばせた。
藩主の懐刀である柊木家程の名家ならば、妾の一人くらい居ても可笑しくはない。
病弱な自身に代わり、主人の慰めになるなら寧ろ有り難い。
細やかな厭味と歓迎の意を込めての贈り物だった。
「…先の褒美の件、やはり怒っているのか?」
不意の問いに戸惑いから肩を竦めた。
今年の春先、吉次郎はとある功労で藩主より大きな褒美を頂戴した。
しかし、吉次郎はその立役者は己ではないと言い張り、褒美の大半をこれより向かう北の山の何処かへと譲ってしまった。
恐らくは、これより会いに行く愛しい人に渡したのだろう。
「私は物申せる立場ではございません…」
淡々とそう告げるのがやっとだった。
「そうか…。………、できる限り早く戻る」
何やら含みのある返事を返し、吉次郎は早足に北へと向かった。
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