妖狐の護り

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『…ほう。こうも早く呼び出されるとはのぉ』  煌々と燃える護符より声が轟き、カッと一際に燃え上がる。  おどろおどろしい炎を纏い現れたのは、九つの艷やかな尾を揺らす大層大きな白銀の妖狐であった。 『吉次郎の嫁に手を出すとは良い度胸…!妾の炎に焼かれるが良い!』  嗤うように妖狐が言い放ち、ぶわりと炎が勢いを増す。  その光景と迫り来る劫火に炙られ、破落戸は恐れ慄き一目散に逃げ出そうとしたが、炎はそんな彼等を誂うように纏い付き、決して逃がしはしなかった。 『さてはて…、こんなものかのぉ?』  その身の業を示すが如く、焦げるまで炎に焼かれた破落戸が転がる中、鎮まりゆく炎を前に白狐はセツを振り返る。  そして、微笑むように九つの尾を揺らして無事を確かめるように鼻先を寄せた。 『案ずるな。吉次郎は一途な男じゃ。そちを裏切る真似はせぬ。己が身を大事にせよ』  唐突にそう告げ、白狐は愛でるようにセツの頬を舐める。  途端に風邪で苦しかった胸の痛みが和らぎ体が軽くなった。  何が起こったのかと彼女が目を剥く中、バタバタと足音が駆け寄る。  目を向ければ、吉次郎が血相を変えて駆け着けた。 「旦那様…?」 「セツ‼」  呆気に取られるセツに対し、吉次郎は名を呼ぶと同時にその身をしかと抱き締めた。 「大馬鹿者‼日暮れ後は出歩くなと言っただろう⁉」  怒鳴りつけながらも、その声は悲痛だった。  (はだ)けた胸元を隠すように剥ぎ取った羽織をその肩に被せ、今一度、吉次郎は妻を抱き締めた。 「無事で良かった…っ…、護符が裂けた時は…どれほど…っ…」  鼻を啜り、吉次郎は涙ながらに言葉を漏らす。  その震える肩と温もりに、セツは今更ながら恐怖が戻り、声を上げて泣きじゃくった。 『これはまた似た者夫婦じゃのう…』  何やら呆れるような声にハッと二人して目を向ける。  途端に吉次郎はセツを抱き寄せ、セツも吉次郎を抱き締めて二人して青褪めた。  先程から九尾の白狐がいたことを忘れていた。 『だから、獲って食いやせぬと言っとろうに…。妾はこれにて帰るぞえ?達者で暮らせ』  溜め息交じりに狐は告げ、ケケケと笑いながら尾を揺らす。  そうして、狐火を散らしながら暗闇の中へと溶けるように消えて行った。
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