氷解

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氷解

 目を覚ますと、屋敷の寝所に居た。  闇に消えた妖狐に、安堵と恐怖で気絶したらしい。  手の温もりに目を向ければ吉次郎が穏やかに笑っており、もう大丈夫だと頬を撫でられた。  幸い斬られた胸はかすり傷で済んでいた。  セツを襲った破落戸は町内を騒がせていた盗人で、無事に岡っ引きに引き渡されて御用となったと聞かされた。 「あの護符には兄上と雪華(せっか)殿の力が宿っていてな…、私の護符と対になっていて、お前の危機を知らせてくれたのだ」  そう語りつつ吉次郎は懐から見事に裂けた護符を取り出し、セツに見せた。  話によれば義兄、祥之助が住職を務める寺には雪華という齢八百年の妖狐がおり、土地神として山や一体の土地を守っているらしい。  その力は絶大で、常識を覆す力を持つ故その存在についてはあまり人に話せなかったとのことである。  何とも現実離れしているが、眼前でその奇妙奇天烈な妖力を見せつけられた故、素直にその言葉を飲み込んだ。 「では、私達が見た九尾がその雪華様だと…?」  念の為、煎じてもらった薬湯を頂きつつ、セツは訊ねた。 「そうだ。お前にもしものことがあったら護符が燃えて、口寄せの(まじな)いが起きるように施して頂いた。お陰で破落戸から助けられた訳だ」  そう言って吉次郎はまたもセツの頬を撫でる。  今日は何やら距離が近い。  居心地が悪くて思わず身を避け、宙を搔いた掌に吉次郎は酷く悲しげな表情を見せた。 「…やはり私が怖いのか?」  その問いに、心臓が跳ねた。  怖くないと言えば嘘になる。  嘘ではないが―――、恐れていたのは彼に捨てられる事で彼自身ではない。 「それもそうだな…、お前とはろくに話もせず、この二十年、家の為と無理を強いてきたのだからな…」  手を引っ込め、吉次郎は悔いるように呟くや静かにセツへと頭を下げた。 「だ、旦那様…⁉」  主人に頭を下げられ、セツは湯呑みを盆に戻しながら慌てふためいた。 「すまない。お前の心苦しさや寂しさを解ってやれていなかった…」  その言葉に息を呑んだ。  顔を上げた吉次郎は、呆気に取られるセツをしかと抱き締めた。
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