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食費
女の子は食事をあまり食べてくれない。
妹の所の男の子は、驚くほど食べるのに。
同じ年の我が家の娘たちは雀の涙ほどしか食べない。
いや、はっきり言って、うちの犬の方が食費が掛かっている。
犬はバーニーズマウンテン。名前はラジャ。
エサは、ビタ〇ンの一番安い大袋。
一回の食事に大きなどんぶり4杯ほどのカリカリが必要になる。
ラジャも家族。娘たちを背中に乗せてくれるとてもやさしいお兄ちゃんなのだが、夫がバーニーズを飼いたいと言った時には、これほどエサ代がかかるとは思っていなかったのだ。
でも、ラジャは文句を言わない。
「おかあさん。いつも美味しいカリカリをありがとう。」
そう言ってくれる。
お散歩も、私か夫以外は無理だ。夫は留守がちなので結局私が行くことになる。
妹も元々犬は好きなので、遊びに来たときには
「ねぇ、お散歩のリード持たせて。」
と、言ってはくれるのだが、大型犬を飼ったことがない妹には大型犬の急な飛び出しを抑えることはできないだろう。
躾は入っているのだが、飼い主以外の言う事をそうそう聞くわけではない。
先日も、大通りのトラックに驚いて、急に飛び出しそうになった。
私は、力を入れたが、少し引きずられて、歩道の角にあるポールに恥骨をぶつけて大変痛い思いをした。
でも、ラジャに悪気があったわけではない。
「おかあさん。ごめんね。トラックの大きな音に驚いちゃって、足が止まらなかったんだ。」
と、ちゃんと謝ってくれる。
なので、お散歩に行く時は仕方なく、妹が遊びに来てくれた時にも、リードと娘のベビーカーを私が押し、同じ年の我が家の長女と、妹のうちの次男に手をつながせて妹に任せ、妹の小学生の長男は近くを歩く。
躾の面でいえば、現に、いつもは近所の男の子と遊んでも、ラジャは大人しくしている。
ただ、妹のうちの子供が来たら、従妹同士で遊ぶのが楽しかったのか、子供達みんなのテンションが高いので、ラジャはつい喜びすぎて、妹の家の次男の背中に飛びついてしまった。
いや、足をかけただけなのだが、ラジャは35Kg。妹の次男はいくら大きいとは言っても幼稚園の年中さんで20Kg。いきなり後ろから押されて、シャボン玉を持ったまま前に転んでしまった。庭の芝生の上で良かった。
ラジャは妹の次男にも謝っていた。
「ごめんね。嬉しくなりすぎて頭がお花畑になっちゃったんだ。それに、君、大きいから大丈夫だと思ったんだよ。シャボン玉一緒に追いかけたかったんだ。」
すまなそうに、しょんぼりしちゃってちょっとかわいそうだった。
私は、妹の子供で良かったと思った。
ご近所さんだったら何を言われるかわからない。
でも、ラジャには悪気はないのだ。ちょっと嬉しくなってしまっただけ。
妹もよくわかっているので、ゲラゲラ笑ってくれていた。
妹はいつもラジャがビタ〇ンしか食べていないのを知っていて、自分の家では団地で犬が飼えないから。と、普段は買えない大きな骨付きの犬のガムを買ってきてくれた。たぶん2000円はしただろう。
「ラジャにあげてもいい?」
妹が聞くので
「もちろん。あげてあげて。」
私が答えた直後、妹がゲラゲラ笑い始めた。
「どうした?」
私が聞くと
「もう食べ終わった。」
と、妹。
ラジャは、恥かしそうに
「だって、こんなに美味しいおやつはじめてだったから。ついつい瞬殺で食べてしまいました。」
と、まだもらえる気でいるのか、パタパタと尻尾を振って、妹を見ていた。
「もうないよぉ。」
と、妹もラジャに答えていた。
ラジャは、バーニーズの寿命と言われている8歳できちんとこの世を去ってしまった。
とても良い子で娘たちは二人共ラジャに乗せてもらってお庭を歩いたりした。
最後は股関節を侵されて病院に通ったので、35Kgのラジャを車に乗せるだけでも精いっぱいだった。
ラジャはすまなそうに
「重くてごめんなさい。でも、足が痛くて立てないんです。」
と、私に謝った。
最後は家の玄関に毛布を敷いて、家族みんなで見送った。
人語も話せるとても賢い犬だったので、本当に家族の一員を失くしたようにみんな悲しんだ。
食費がかかっても、もっともっと長生きしてほしかった。
その後はもう一匹バーニーズを飼ったのだが、ラジャの性格とは違い、大型犬では珍しく気性が荒かったので、夫にしか世話ができなかった。
人語も話せなかったし、あまり心の交流がないままやっぱり図ったように8歳でこの世を去った。
ラジャのような犬とはもう会えないのと、家族がみな忙しくなってしまったので、2頭目のバーニーズ以来、もう犬は家に向かえていない。
どこかに人語が話せて、心穏やかな犬がいないかと、私は時々街をさまよって探してみるのだが、ラジャのような子には巡り合えそうもない。
【了】
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