5人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
吾が輩はペットである
吾が輩はペットである。名前はまだない。
と言いたいところだが、実はもうある。ハチ公という名だ。
私の飼い主様、ひろしとみちよのご夫妻は、毎朝どこかに出かけていく。どこへ行くのかは知らないが、どうやらにぎやかな都会の方へ行くらしい。世間とはそういうものであるようで、まったく、ご苦労様なことである。
吾が輩はいつもその途中までお供をし、お二方について歩く。毎朝の行事とはいうものの、別れのときはいつも寂しい。吾が輩の口からは、情けなくも悲しい鳴き声が漏れてしまう。
吾が輩一人の昼間は自由な時間だ。
町をぶらついたり、公園で寝たり、河原で水遊びをしたりする。気ままで気楽だが、やはり孤独というものはおもしろくない。
早く夕方になって、ひろしとみちよのご夫婦が帰ってこないかと、そればかり気にかかっている始末である。
夕方。
吾が輩はお二方を迎えにいく。
焼き鳥屋の客たちからおすそわけをいただきながら、腹ばいになって待つ。
首を長くしてただひたすら待っているとーー
来た!ひろしとみちよのご夫妻だ。
「わおおおん」
吾が輩はうれしさのあまり思わず吠える。
どうやら吾が輩のために晩ご飯を用意してくれているらしい。鼻のいい吾が輩には判るのだ。近づくにつれ、肉の、食欲をそそる香りがする。
夕げは牛肉だ。ごくり。吾が輩はよだれを垂らし、夫婦に駆け寄る。
と、そのとき!
駐車中の白い車から白衣を着た人間二人が躍り出て、ひろしとみちよのお二方の首に鉄の輪っかを掛けた。
叫ぶお二方。ひろしはくわえていた肉を地面に落とした。
「わんわんわんわん!」
「がうがうがうがう!」
お二方は白い車のなかに強制連行され、そして扉は無情にも閉められた。
乗り込む白衣の人間二人。発車し、去っていく。
焼き鳥屋の客たちが言う。
「ああ、野犬狩りだ。いまどき珍しいな」
「じゃあ保健所の車か、あれは」
「かわいそうに。あの二匹、ガス室か」
呆気にとられてその光景を眺める吾が輩。涙を流しながら、ただ哀切に鳴いた。
くううん。
くううん。
くううん。
焼き鳥屋のおやじが吾が輩に言った。
「ハチ公、八郎。あいつら連れてかれた。おまえも人間なら、犬たちのペットだなんて情けない生活やめろよ。人間の尊厳てぇものがあるぞ」
人間の尊厳?それがどうした。
そんなもので腹が膨れるか。
最初のコメントを投稿しよう!