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「警察呼んだからね!」
サロンから中年女性が出てきてスマホをかざしながら怒鳴った。たぶんこの店の店主だろう。
警察と聞いて南原は逃げようとしたけど、大上さんが掴んで離さない。
大上さんは完全に頭に血がのぼっているみたいで、今にも殴り掛かりそうだ。
私が止めに入っても殴られそうなので、私は赤い外車に近づいてよろけたフリをして車体にわざとぶつかった。
途端にアラームが鳴り響き、大上さんも拳を振り上げたままビックリした顔で私を見た。
「ごめんなさい。砂利にヒールが引っ掛かって転びそうになったから、車に少し触っちゃいました」
我ながら説明っぽいセリフだとは思ったけど、ドライブレコーダーに記録されていることを意識して言ってみた。
大上さんは一瞬でクールダウンしたみたいで、「芽衣、大丈夫か?」と訊いてくれた。
「大丈夫です。大上さん、その人のこと殺さないでくださいね。大上さんの方が犯罪者になっちゃいますから」
私がそう言うと南原がギョッとした顔で大上さんを見たのがおかしかった。
「殺さねえよ。顔が変わるぐらいボコボコにしてやろうと思ったけど……。そうだな。芽衣の言う通り、こんな奴のせいで俺の人生棒に振るのはバカらしいな」
駆けつけた警官に南原が逮捕されたのは、桜さんの財布を彼が無理矢理奪ったからだそうだ。
最初は言葉巧みに桜さんからお金を借りようとしていた南原だけど、桜さんが財布からキャッシュカードを取り出して彼に渡そうとしているのを長電話を終えた店主が見咎めた。「ちょっと何してるの⁉」と。
そこに大上さんが飛び込んできて、そいつは二股かけて金を奪おうとしてるんだと言ったために揉み合いになったらしい。
そのどさくさに紛れて、南原は桜さんの手からキャッシュカードと財布を奪ってポケットに入れていたというわけだ。
「猛さん!」
南原がパトカーに乗せられると、ずっと店内にいて警官の質問に答えていた桜さんが外に飛び出してきた。
「桜! 怖かったな。大丈夫か?」
大上さんは抱きついてきた桜さんを抱きしめた。
後ずさった私の足元で砂利が微かな音を立てる。一歩、また一歩と大上さんから離れた私は、二台目のパトカーの警官に声を掛けた。
「あのぅ、事情聴取で警察署に行くのに、このパトカーに乗せてもらってもいいですか?」
「参考人の方は別に明日でいいですよ」
「明日は仕事が立て込んでるんで、出来れば今日お願いします。私、車持ってないんで乗せてもらえると助かるんですけど」
大上さんは私がいなくなったことに気づきもしないだろう。
まだ桜さんを抱きしめたまま何か話している。
こうなることは予想していたのに、なんで涙が止まらないのかな。
パトカーに乗せてもらった私は、潤んだ瞳で遠ざかる大上さんを見つめることしか出来なかった。
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