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とりあえず隣のお宅に父を見なかったか訊きに行ったけど、見ていないと言う。
「車、売っておいて良かったね。無免許運転で事故起こして、人様を轢いたら大変なことになってたよ。歩いて出掛けたんなら、そのうち帰ってくるんじゃないか?」
隣のおじさんは慰めるように言ってくれたけど、もう外は真っ暗なのにフラフラ歩いていたら父が車に轢かれる危険がある。
どうしよう。どこに行ったんだろう。
家に戻ってもやっぱり父は帰っていなくて、滅多に持ち歩かない父の携帯電話は案の定リビングのサイドボードの上に置いたままだった。
どうしよう。私一人が捜せる範囲なんてたかが知れている。ご近所のみなさんに頼んで捜してもらう?
でも、ちょっと出かけただけなら「なんでこんな大ごとにしたんだ」と後で父に怒られそう。
隣のおじさんが言ったように、少ししたら何でもなかったみたいに帰ってくるかもしれない。もう少し待ってみようか……。
いろいろな考えが頭の中でぐるぐる回って、途方に暮れた。
とりあえず懐中電灯を持って外に出て、父が歩きそうな道をキョロキョロしながらスマホを取り出した。
「あ、大上さん? 芽衣です。帰ったら父がいなくて……どうしたらいいかわからないんです」
頼れる人は他にもいたはずなのに、なぜか真っ先に電話した相手は大上さんだった。
ザッと事情を説明すると「芽衣の家はどの辺りだ?」と訊かれたので最寄りのバス停の名前を言ったら、「ちょうどそっちの方に向かってるからすれ違ったかもしれない」と言われた。
……そうか。大上さんは今日も元奥さんをストーキングするつもりだったのか。
ますます気分が落ち込んだけど、そんな場合じゃない。
「父は野球帽みたいな帽子を被って、白いジャンパーを着てると思います」
「白いジャンパーのじいさんなら、さっき見たぞ!」
「本当ですか⁉」
「ああ。Uターンして捜してみる。親父さんの下の名前は?」
「え……善です。善悪の善」
大上さんがなぜそんなことを訊いたのかわからないまま、機械的に答えていた。
「わかった。じゃあ、駅の方に向かう道は俺が見るから、芽衣は反対方向に行ってみてくれ。白いジャンパーが別人だったり見つからなかったら、社長や健一にも捜してもらおう」
「はい! お願いします!」
まだ見つかってもいないのに、私は大きく安堵の息を吐き出した。
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