諦めたら終わり

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 翌朝、車両点検をしながら社長と健一くんに昨日の父の話をしていたら大上さんが出勤してきたので、私は慌てて駆け寄った。 「大上さん! おはようございます。昨日は本当に助かりました。ありがとうございました」 「困った時はお互い様だ。善さん、あれから大丈夫だったか?」 「はい。歩き疲れたのか大上さんが帰るとすぐに寝ました」  たぶん精神的な疲労もあったのだろう。私が玄関先で大上さんを見送ってリビングに戻ると、父はすでにソファーで高いびきをかいていた。  起こして寝室で寝るように促したら、「芽衣に迷惑かけるなぁ」なんて言うからビックリしてしまった。  「何言ってるの、迷惑なんかじゃないよ。おやすみなさい」と父の背中を押したけど、父の気持ちを考えると涙が滲んできた。  誰だって好きで認知症になるわけじゃない。5年前、1年前には当たり前に出来ていたことが出来なくなる。それは自分でも歯痒く悲しいことだろう。 「また何かあったら言えよ? いつでも力になるから。愚痴でも何でも聞いてやるぞ」  夕べの父の後ろ姿を思い出してしんみりしていたら、大上さんが元気づけるように私の背中を叩いた。 「ありがとうございます。なんか私、咄嗟に大上さんに電話しちゃってすみませんでした」  昨日は(大上さんはまた桜さんをストーキングしに来る途中だったんだろう)と思い込んでいたけど、今朝バスを待っているときにネイルサロンを見たら夕べのあの時間はとっくに営業を終了していた。  大上さんはどこかに行く予定だったのかもしれない。それなのに私からの電話ですぐに父を捜しに行ってくれて、夕食まで付き合ってくれた。 「俺は……芽衣が咄嗟に俺を頼ってくれたのが嬉しかったよ」 「え……」  大上さんが照れ臭そうに微笑むから、一瞬勘違いしそうになった。  もしかしたら大上さんも私のことを好きになってくれたのかも? なんて。 「しかし、芽衣ちゃんも大変だね。仕事に出てる日中はお父さん、家に一人でいるわけだろ? また徘徊するんじゃないかと気が気じゃないよなぁ」  社長の言葉に「それはもう……どうしようもないです」と項垂れた。  父を柱に縛り付けておくわけにもいかないし、徘徊は昨日が初めてだった。  そもそも、あれを"徘徊"というのかもよくわからない。  父は当てもなくフラフラ歩いていたのではなく、スーパーで買い物をするという明確な目的があって家を出た。その途中で道に迷っただけだ。  ずっと車で買い物に行っていたから、徒歩で行く住宅街の近道に慣れていないだけ。  明るい昼間なら迷わずに買い物して帰っていたはず。  そう自分に言い聞かせて家を出てきたけど、正直不安でしょうがない。
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