諦めたら終わり

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「家族だけじゃ限界があるから、地域の見守りが必要なんだよな。俺も注意するから健一もルートの巡回中、芽衣の親父さんらしき人がいないか気にかけておいて」  大上さんがそう言うと、社長は「そうだな。【産直バス】は市内をぐるぐる回ってるから、お年寄りや子どもの見守りにはうってつけだな。市役所に行ってステッカーをもらってくるか」と腰を上げた。  そういえば近頃、宅配便や他の一般事業者の車にも【子ども見守り中】というステッカーが貼ってあるのをよく見かけるようになった。  あれだけで不審者に対する抑止効果があるそうだけど、子どものいない私は他人事のように感じていた。  でも、子どもだけじゃなくヨタヨタしているお年寄りや体調の悪そうな人などが目に留まったら、気にかけたり手を差し伸べる人間でありたいと思うし、そういう優しい社会になってほしいと思う。  あれから一週間。幸い父が迷子になったのはあの日だけだけど、本人もまたわけがわからなくなるのが怖いのかほとんど外出しなくなってしまった。 「父は免許を返納するまではホームセンターに行くのが好きで、よく行ってたみたいなんです。日用品だけじゃなく、家庭菜園で使う肥料や苗を買う必要があったから。でも、車がないと重い物や嵩張る物は運べないじゃないですか。私が車を持ってたら『一緒に行こう』って誘えるんですけど」  私がこっちに移り住むまでは近所の友だちの車に同乗させてもらって買い物に行っていたらしいのに、その友達の家に行くのも怖くなったみたいだ。もしかしたら娘が一緒に住んでいるのに、自分と同年代の年寄りに頼るのが申し訳ないと思っているのかもしれない。  運転席の大上さんはまっすぐ前を見ているけど私の話をちゃんと聞いているし、相槌を打たなくても頭の中ではいろいろ考えてくれている。  出会ってまだ二週間だけど、毎日同じ車に乗って仕事をしているから大上さんのことがだんだんわかってきた。 「父のためを思って同居に踏み切ったのに、何だか私がいるせいで父の世界が狭くなってしまったみたいで。本当にこれで良かったのかなって、最近思うんです」  私がため息を零すと、大上さんは「善さんだって口には出さなくても、芽衣がいてくれて心強いと思ってるさ。……東京に戻るなんて言うなよ? おまえがいないと俺が困る」と言って照れたように首の後ろを掻いた。 「え? なんで大上さんが困るんですか? ここまで仕事を教え込んでもらったのに『やっぱり辞めます』なんて無責任なことは言いませんけど、私の代わりなんていくらでも見つかりますよね」 「何言ってるんだ。芽衣の代わりなんて誰にも出来ない」  それは野菜マルシェの試食のこと? それとも……。
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