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「おばちゃん、ありがとう。うちのお父さんのことも、【産直バス】に参加してくれたことも」
父が大上さんと楽しそうに話しながら試食するのを遠目で見て、改めて嶋田のおばちゃんにお礼を言った。
「こちらこそありがとう。前々から【産直バス】がいいって話は聞いてたけど、なかなか踏み切れなかったの。いいきっかけになったわ」
「おばちゃんとこの野菜、スーパーに売り込みかけてたくさん置いてもらうようにするからね」
実はすでに取引のあるスーパーの担当さんがさっきマルシェに来てくれて、黒キャベツに興味を持った様子だった。
「よろしくね」と言った後、嶋田のおばちゃんが口元に手を当てて大上さんを見ながら「ところで芽衣ちゃん、あの人、桜ちゃんの元旦那さんよね?」と言うので苦笑が漏れた。
イケメンだから顔を憶えられていたらしい。
「うん。でも、もう桜さんのことは諦めたみたい。ネイルサロンの周辺で見なくなったでしょ?」
「そういえばそうね。まあ、桜ちゃんも『お互い嫌いになって別れたわけじゃないから』って言ってたから、どうしても未練が残るのは仕方なかったのかもしれないわね」
「……そうなんだ」
大上さんをぼんやり見ながら相槌を打った。
大上さんと桜さんって、何が原因で離婚したんだろう。
今まで全然気にならなかったことが、急に気になって仕方ない。
大上さんの浮気? ううん。もしも浮気されたら、桜さんは嫌悪感でいっぱいになって別れたはず。違うかな?
「かんぱーい!」
【産直バス】の事務所で、今日の野菜マルシェの成功を祝って乾杯だ。
私以外はみんな運転して帰るので、乾杯と言ってもアルコールじゃなくアップルタイザー。
「来月も芽衣ちゃんに試食コーナーをお願いしていいかな?」
社長の言葉に「はい! やらせてください!」と返事した。
イタリアンレストランで長年ホールスタッフとして働いていたことは無駄じゃなかった。
もちろんこっそり作り方を盗み見て憶えたり、栄養士の資格を取ったからこそ役に立っている。
【産直バス】に入って良かった。やりがいのある仕事と仲間に恵まれて、私は今、幸せだ。
ふと大上さんと目が合って、ほんの少しだけ心に影が差したけど。
「芽衣、送ってくよ。明日善さんと一緒にホームセンターに買い物に行かないか?」
「え? いいんですか?」
「俺たちが付き合ってること、善さんにそれとなく話そうと思ってる」
大上さんが社長たちの前でそんなことを言うからアタフタしてしまったけど、社長も健一くんも私たちの交際をとっくに知っていたみたいで「親父さんに猛反対されるかもな」と揶揄われた。
そっか。大上さん、ちゃんと社長たちに話してくれていたんだ。
何だかすごく嬉しい。
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