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市役所での手続きを終え、駅前の激安スーパーで買い物を済ませて広場に近づくと、軽快なリズムのクリスマスソングが聞こえてきた。
シャンシャンという鈴の音。ホーホーホーッとサンタさんが陽気な声で合いの手を入れる。
この駅前広場では曜日ごとにいろいろなイベントやマルシェが催される。
金曜日の今日は音楽とワインのお祭りらしい。
仕事帰りの会社員たちもワインの試飲に足を止めている。
「もう十二月か。早いな」
独り言を漏らした私は、足早に駅前ロータリーに停まっていたバスに乗り込んだ。
今日は朝から引越しでクタクタだ。
短大時代から住んでいたマンションを引き払って、ここ神奈川県浜野辺市※の実家に帰ってきた。
新しい仕事はもう決まっている。
月曜日から出勤だから、明日と明後日の二日間で荷ほどきを終えなくては。
私一人だったらパンでも齧りながら一気に片付けられるんだけど、何しろ父親に三度の食事を作らないといけない。独り暮らしは気ままで良かった。
三度に三度、一汁三菜を用意するのは結構面倒で、食材の買い物もビックリするほどの量になってしまった。
バスを降りて重いエコバッグを持ちながら家へと急いでいると、さっきの軽トラックがまだ同じところに停まっているのが見えた。
イケオジは……いる!
通りすぎる時にチラ見して、振り返ってもう一度見た。
何度見てもイイ男だわ。
軽トラックに乗っているということは、職業は農業かな?
浜野辺市は市役所や主要駅のある南部はおしゃれな店が立ち並ぶ商業地域だけど、ここ北部はだだっ広い畑が広がる農業地域。
この辺りの大きな農家だったら、結構な高収入かもしれない。
イケメンで土地持ち・金持ちなんて魅力的すぎるけど、サロンに来た女性を待っているなら既婚者の可能性が高い。
「イイ男は必ず誰かのものなのよね」
あーあ。私ももっと若い頃に運命の相手と出会いたかった。
あれ? でも、あのイケオジ、ずいぶん長い時間待っているんじゃない?
ネイルやってもらうのに、そんな何時間もかからないと思うけど。
首をひねりながら家に着くと、「ずいぶん遅かったな! 荷物、適当に二階に上げておいたぞ」と父が言うから「は?」と顎が外れそうになった。
二階を片づけてから入れようと思ったのに、何なの? このカオスは!
二階の廊下にまではみ出た段ボールの山を見て、ちょっと泣きたくなった。
父は良かれと思ってやったのだから、文句を言ったらバチが当たる。七十歳の父が階段を昇り降りして、重い段ボールをいくつも運んでくれたのだ。
これからの二人暮らし、お互いに自分の思っていることを相手に伝えるようにしないと大変なことになる予感がした。
※浜野辺市は架空の地名です。
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