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月曜日の朝、父にお昼用のお弁当を作って家を出た。
どうせ自分の分も作るのだからお弁当を二つ作るのなんて簡単だと思っていたけど、うちの父は年寄りでもガッツリ食べるので量も品数もそれなりに必要で想像以上に手間取ってしまった。
なんか私、こっちに来てから食事の支度のことばかり考えている気がする。
バス停に着いて道路の向こう側を見ても、イケオジの白い軽トラックは停まっていなかった。
自営業だとしても、さすがに朝から元奥さんを見張ってはいないか。
恋人とのイチャイチャを見ても悔しがっていただけだから、嶋田のおばちゃんの言う通り害のある人じゃないのかも。
もう未練たらたらなイケオジのことなんて忘却の彼方へ蹴り飛ばして、自分のことを考えよう。
今日から私は【産直バス】の運転手だ。気を引き締めていかないと!
【産直バス】は市内北部に設けられた集荷所を小型の冷蔵トラックで回って、小規模農家が持ち寄った野菜を集め、南部のスーパーや飲食店などに提供する会社だ。
集荷所はルート上の空き地や駐車場などを利用させてもらって短い間隔で設けられているので、まるでバス停のようだから【産直バス】。
共同配送することで物流コストを節約できるし、生産者にとってはトラックの到着予定時刻に合わせて近くの集荷所まで持ち込めばいいだけなので、すぐに畑に戻って農作業ができるというメリットがある。
また通常の市場流通では農家が価格を決めることはできないけど、【産直バス】の仕組みでは農家が自ら決めた価格で販売できる。
一方、利用者であるレストランなどにとっては市場ではあまり流通していないこだわりの野菜などを低コストで購入できるし、何より新鮮な野菜が手に入る。
他の地域の同じようなサービスを参考にして始まった【産直バス】は、浜野辺市内の農産物の作り手と使い手を繋いで、地産地消や農業活性化を実現する会社として注目されている。
平日五日間の運行で、現在二台のトラックが四ルートを巡回している。
そして、私が三台目のトラックの運転手となるべく採用されたというわけ。
「牧野 芽衣ちゃん。慣れるまでは大上くんのトラックで一緒に回って仕事のやり方を覚えてね」
田屋社長はでっぷり突き出たお腹がタヌキを連想させる五十代の男性。
見た目に似合わないソフトな口調で言うと、社長は白い車体に野菜の絵が描かれた大上さんのトラックを指差した。
「大上さん、牧野です。今日からよろしくお願いします!」
私が後ろから声を掛けると、先輩の大上さんがクルリと振り返った。
「無駄にデカい声を出すな。早く乗れ」
眉間に皺を寄せて無愛想に命令してきたのは、あの未練たらたら男だった!
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