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「社長! 芽衣の履歴書、ちゃんと見たんですか? イタリア野菜に詳しいんですよ! しかも栄養士の資格まで持ってるって言うじゃないですか」
ルートを廻り終わると、大上さんは事務所に入るなり社長に詰め寄った。
「見たよ、見た! 見たから、即採用したんじゃないか」
一瞬たじろいだ社長も胸を張ったから、社長の突き出たお腹が大上さんの股間に当たったようで二人は「ゲッ!」と叫んで飛び退った。
コミカルな二人の動きに頬が緩んだものの、私にそんな期待されても困る。
短大の近くにイタリアンレストランがあったからそこでバイトを始めて、卒業後そのまま正社員となっただけ。
まかない料理で舌は肥えたと思うし作り方をこっそり見て家で再現していたけど、私は料理人じゃなくただのホールスタッフだった。
そのことは大上さんにも話したし、もちろん社長にも面接のときに説明している。
大学生バイトと同じ仕事をずっと続けていて、これでいいのかと自問自答した。働きながら栄養士の資格を取ったものの、それを生かすことなく辞めてしまった。
「今月の野菜マルシェの試食コーナーを芽衣に任せてみてはどうですか?」
大上さんがいきなりそんなことを言い出したので、私は目を白黒させた。
「え? 野菜マルシェって駅前広場でやってる奴ですか?」
「ああ、【産直バス】は毎月第四土曜日に出店してるんだ。今まで農家自作のドレッシングや漬物なんかを試食で出してたが、野菜の売り上げには結び付かないのが悩みだった。でも、芽衣がイタリア野菜を使ったちょっとした一品を作ったら、野菜の美味しさも料理法も伝わると思う!」
「そんなの無理です」と言いそうになったけどやめた。ためらう気持ちはあるけど、私でお役に立てることがあるなら是非やってみたい。
「もちろん芽衣一人に押し付けたりしないぞ? どの野菜を使ってどんな料理にするかは、みんなで一緒に考えよう。試作も一緒にやるし、当日も芽衣がいなくても大丈夫なぐらい準備万端にする」
大上さんが前のめりになって畳みかけてくるから、その近さにドギマギしながらも「はい。じゃあ……頑張ります」と答えた。
「よっしゃー!」
ガッツポーズで叫んだ大上さんは少年のように純粋な笑顔でキラキラしていて、私は不覚にも見惚れてしまったのだった。
早速、翌日の巡回中のトラックの中で、大上さんと私の作戦会議が始まった。
「寒い時期だから、温かいスープがいいと思うんですよ。黒キャベツのシンプルなスープとか」
「黒キャベツ? またレアな野菜を……」
「浜野辺市で作ってる農家さん、知ってます!」
私は嶋田のおばちゃんを思い浮かべていた。嶋田のおばちゃんは【産直バス】に参加していないけど、私が働いていると話すと興味津々の様子だった。
これを機に参加してもらえるかもしれない。
私は【産直バス】の仕事にやりがいを感じて夢中になっていった。
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