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 イザベラ・スミスの伯母、従姉妹、親戚まで含めて、スミス家の女性はおとなしく家庭に収まるタイプではなかった。看護婦になった者もいるし、画家を目指している者もいる。それは、年の離れた姪や従姉妹にも及んでいて、まだ十歳にも満たない姪が、登山家になりたいといって野山を駆け回っていた。  そんな環境で育ったイザベラ・スミスは、学生のころから新聞記者という仕事に憧れていた。とはいえ、新聞社は男性が独占する仕事場である。女性に門戸は狭い。彼女が新聞記者の職に就けたのは叔父のおかげでもあった。叔父は名の通った代議士だった。  『リテラ・ゴディカ』紙に就職したものの、最初のうちイザベラは掃除、連絡係などの雑用ばかり押し付けられていた。それが、ようやく、家庭欄を受け持つことになった。料理、洗濯、教養などが受け持ち範囲である。盗みや詐欺など事件関係の取材はまだ経験がなかった。編集長が女性では事件の取材は無理だと言うのだ。イザベラは、一人前の新聞記者として認められるには見た目が大事だと思った。乗馬ズボンにジャケットを着ているのはそのためだ。  初めての取材が、釣りの楽しみという題材だった。釣り人に話を聞くため郊外の湖に出掛けたのだが、迷子騒動に巻き込まれたり、肝心の釣りでは釣果がなくて取材はさんざんだった。それでも、二人の著名な挿絵画家、ロバート・シーマーとジョン・ドイルに出会えたのは収穫だった。それを契機に挿絵に対する興味が高まったのである。  画家になる勉強している従姉妹に、挿絵について尋ねてみた。  開口一番、彼女は、イザベラが新聞記者になったのを羨ましがった。画家を目指してはいるものの、アカデミーは男性しか入会を認められないのだ。女性には門戸は閉ざされている。  彼女が言うには、美術の世界では油彩画、テンペラ画、水彩画こそ『真の芸術』『大芸術』といわれるものだそうだ。挿絵は日常で起こった事件、現象を取り扱う。世間の出来事を面白おかしく伝えるのが役目なのである。それ故、油彩画などと比較して一段低く見られてしまう。だが、日常の事象を描くのは『大芸術』にはできないことである。とくに、一枚刷りの風刺漫画は庶民には評判が高かった。政治家を、ときには貴族をあげつらう漫画は人気がある。しかし、十年ほど前から一枚刷りの版画の需要が減り、代わって挿絵が脚光を浴びてきている。その代表がクルックシャンクであり、ロバート・シーマーもそれに次ぐ人気を誇っている。挿絵画家の地位は決して低いわけでない。  これからの注目株はジョン・ラスキンよ、画家を目指す従姉妹はそう言った。まだオックスフォード大学に通う学生なのだが、ジョン・ラスキンはいずれ世に出る傑物なのだそうだ。彼の父親はワインを扱う豪商であるとのことだった。  しかし、当面は料理、教養などの家庭向け記事を書くのが役目である。前回の釣りの記事は、その後、何度か取材を重ねてようやく掲載に至った。ひとつ実績は作れた。  挿絵画家のロバート・シーマーは、釣りや狩猟をテーマにした挿絵集を出したいと言っていた。釣りと挿絵を組み合わせれば、きっと面白い挿絵集になるだろう。今から、シーマーの挿絵集が楽しみである。  本の題名は【ニムロッド・クラブ】だった。  十一月に入るとフィリップはこれまで以上に書記の仕事が忙しくなった。同僚の書記が身体を悪くしてしまい、しばらく休むことになったのである。  その後、フィリップはロバート・シーマーの姿を何度か見かけた。彼はいつも腕を組んで、やや下を向いて歩いていた。前屈みの姿勢は、神経質で陰鬱な印象を与えた。挿絵集を出すと言っていたから、下絵やエッチングの仕事に追われているのだろうか。それならいいが、病気でもしてないだろうかと心配になった。  フィリップは書店に通い、ロバート・シーマーの挿絵集【ニムロッド・クラブ】が出ていないか探した。『シーマーのユーモラスなスケッチ集』と『風刺年鑑』という挿絵集を見つけたが、これは題名が違っているので、該当する挿絵集ではなかった。  フィリップがようやくその本を手にしたのは翌年の四月五日のことだった。  表紙に大きく、ピクウィック・クラブと書かれた本である。  これだと思った。その本の表紙の上部には猟銃を構える男性が、下の方にはボートに乗って釣り竿を手にしている男性が描かれている。半年前、釣りに行った湖で見かけた光景を思い出した。あのときはボートに寝そべっていた男性を太った男が呼びに来たという状況だった。その情景を描いたのであろう。表紙には枠飾りには釣り竿や猟銃も見えている。  発行元は、チャップマン&ホール社、副題として『狩猟、釣魚会報』の文字がある。確認すると、表紙の下段に、シーマーのサインが入っているではないか。フィリップは、これがシーマーが出版すると言っていた挿絵集だろうと思った。ただ、【ニムロッド・クラブ】という題名は変更になったようである。  本に手を伸ばしたとき、横合いから出てきた手と触れそうになった。 「すみません」 「こちらこそ」 「あら」  新聞記者のイザベラ・スミスだった。半年前、湖に釣りに行った際に出会って以来だ。 「お元気でしたか」「偶然ですね」と挨拶を交わす。  二人はその本を手にした。 「この本が、シーマーさんが出すと言った挿絵集なのでしょうかね」 「そうかもしれませんわ」  イザベラの目はキラキラ輝いている。彼女もシーマーの本が出版されるのを待っていたようだ。 「どれどれ・・・」  中を開いてフィリップは少々困惑した。ピクウィック・クラブは挿絵集ではなく小説だったのである。不審に思って表紙を見ると、ボズ作と書かれてあった。この、ボズが小説を書いた作家になるのだろう。聞いたことのない名前だ。フィリップは店内を見回した。書店の主は暇そうに本の埃を払っている。客は他に一人しかいない。ズボンがはち切れそうなほど腹の突き出た男だ。男の顔は髭だらけだった。 「これはシーマー氏の新刊ですか」  フィリップは書店の店主に訊いた。 「ああ、それね。『ピクウィック・ペイパーズ』。出たばかりだよ」  店主の男は『ピクウィック・ペイパーズ』と言った。しかし表紙には立派な文字で、ピクウィック・クラブと書かれている。  フィリップが表紙の細かい文字を見ると、『旅行などの記録や、狩猟会員の会報を含むピクウィック・クラブの遺文集』とあった。店主が言うように、この本の題名は『ピクウィック・ペイパーズ』になるようだ。ピクウィック・クラブは、本に登場する狩猟クラブの名称らしい。 「何か疑問でもありますかな」 「私はシーマー氏の挿絵集を探しているんですが、これがそうなのかな」 「シーマーね。挿絵集なら、先月、『風刺年鑑』というのが入荷したはずだが、あれは何人かの合作だったかもしれん」 「『ピクウィック・ペイパーズ』はボズという人の著作ですか」 「そうじゃよ、ボズだ」  そこで店主は指先で机をトントンと叩いた。 「ボズはディケンズだよ、チャールズ・ディケンズ」 「ディケンズさんですか、初めて聞きました」 「チャールズ・ディケンズ? 」  フィリップの背中越しにイザベラが言った。 「イザベラさんは心当たりがあるんですか、この名前に」 「どこかで聞いたことがあるんですけど、ええと・・・すみません、思い出せないわ」 「知らんのも無理はない。これが第一作、違うな、二作目だったかな。とにかく新人作家だ。まだ二十四、五歳の若い男ってことだ。うちの店には、ディケンズの『ボズのスケッチ集』があったんだが売れてしまった。もっとも、あれはクルックシャンクが挿絵を付けていたからね」  書店の店主によると、ディケンズはまだ無名の新人作家であるとのことだ。イザベラ・スミスが思い出せないのも無理はなかった。 「新人作家の場合は小説の内容よりも、誰が挿絵を描いたのかが重要なんだよ。だから、クルックシャンクやシーマーなどの著名な画家に挿絵を依頼するわけさ」  フィリップは、挿絵が重要だという店主の話はもっともだと思った。挿絵で売れ行きが左右されることもあるのだろう。ディケンズという新進作家は、クルックシャンクが挿絵を描くくらいだから、二十代半ばにして将来を有望視されている作家に違いない。 「お客さんはシーマーを贔屓にしているようだな」 「先日、釣りをしていてシーマー氏と出会ったのですよ。釣りや狩猟を題材にして挿絵集を出すと言ってたのでね。まあ、そのときは釣りの方はさっぱりでしたが」 「その本、『ピクウィック・ペイパーズ』も、狩猟クラブの話だよ・・・買うのかね」  店主に言われてフィリップは財布を取りだした。1シリングだった。 「私もいただきます」  フィリップに続いてイザベラ・スミスもその本を購入した。  マーク・レモンは居酒屋『シェイクスピアズ・ヘッド』の店主である。その傍ら、彼は芝居の台本を書いている。将来は自分の手で雑誌を出してみたいという希望がある。それもイギリス中の人がこぞって読むような、みんなに愛される雑誌だ。悲しい話よりは面白く愉快な話をたくさん載せたい。もちろん挿絵付きである。  居酒屋『シェイクスピアズ・ヘッド』には作家や画家もよく訪れる。開業して間もない時期に、画家のターナーが来たことがあった。ターナーといえば、知らぬものはいないほどの風景画の大家である。お供を数人従えて店に入って来たときは、何事かと思ったものだ。  そういうわけで、マークの店には芸術家の溜まり場の様相を呈していた。新しい雑誌の話は、出版社の人や編集者と話すうちに出てきた。作家、挿絵画家、編集者、それに印刷屋などに声を掛け、何度か集まったのだが、議論百出、具体的な話になると何もまとまっていない。  挿絵画家の人選は、これまでに、フォスター、リーチなど数人と交渉が進んでいる。それに加えて、ロバート・シーマーを推す声があった。シーマーは滑稽な場面を描くのが得意で、マークたちが企画している雑誌と合致する。しかし、クルックシャンクと並ぶ人気画家であるから、果たして新しい仕事を引き受けてくれるかどうか確証はなかった。  そんな折、たまたま立ち寄った書店で、本を手に取って、シーマーの作品集かどうか訊ねている男に出くわした。年のころは三十代後半、身なりはきちんとしていた。おそらく学校の教員かなにかであろう。連れの女性、いや、女性か男性かどちらかとも決めかねるのだが、彼女は奇妙な服を着ていた。  話の様子では、二人はロバート・シーマーと親交があるようだ。シーマーを口説き落とす糸口になりそうである。  そう思って書店を出て二人を追った。  書店をあとにしたフィリップはイザベラ・スミスと肩を並べて歩いた。 「フィリップさんはどう思いますか、この本」 「これが【ニムロッド・クラブ】なのでしょうか。狩猟クラブの話のようだから、その点では合っているのですが、挿絵集でなく小説ですね」 「シーマーさんは、春になったら挿絵集を出すと言っていましたもの。だから、きっとこれですよ。私、楽しみにしてたんです。家に帰ってさっそく読みますわ」  そんな会話をしながら歩いていると、 「すみません、ちょっとよろしいですかな」  フィリップが振り向くと、書店で本を見ていた男が立っていた。男は大きなお腹を揺すりズボンを持ち上げた。 「お呼び止めして失礼」 「私にご用ですか、それとも、こちらの女性に・・・」  二人のうち、どちらに用があるのかと思ってイザベラを見ると、彼女はフィリップの背中に隠れた。その男が怖いのだ。 「わしは、マーク・レモンといいます」  マークがポケットから折り畳んだ紙を取り出した。『シェイクスピアズ・ヘッド』という店の広告だった。ウィスキーの樽の絵が描かれている。 「居酒屋をやっております」  マーク・レモンは居酒屋の店主だった。 「ちょっとお尋ねしたいことがあるんですわ・・・ええと」 「フィリップ・ストックです」 「どうか怪しい奴だと思わんでください」  外見はいかにも不審者であるが人は良さそうだ。この太った体形に悪人はいない。 「あなたは挿絵画家のロバート・シーマー氏とお知り合いなのですか。いえ、先ほど書店で耳にしましたので」 「その件でしたか・・・」  フィリップは湖で釣りをしていたときに声を掛けたところ、それが挿絵画家のロバート・シーマーだったことを話した。 「というわけで、会って話をしたのは一度だけです。親しい仲というほどではありません」 「シーマー氏が挿絵集を出版することをご存じの様子でしたな」 「釣りや狩猟をテーマにした挿絵集を出す予定があるということでした」 「そうですか。実は、わしは居酒屋の傍ら、芝居の台本を書いていましてね。作家の仲間が集まって、新しいコミック雑誌を出そうということになったんです」  マーク・レモンによれば、今のところは雑誌の名前も含めて、詳細は何も決まっていないということだ。 「そこで、新しい雑誌の挿絵を誰に頼むかという相談になりました」  フィリップを呼び止めたのはこれが本題だったようだ。 「シーマー氏に挿絵を描いてくれるよう頼みに伺おうと思っております。ですが、シーマー氏は忙しそうだ。そのうえ、挿絵集を出版しようという計画があるそうじゃないですか」 「シーマーさんの挿絵集は【ニムロッド・クラブ】という題名で、釣りや狩猟で失敗ばかりするストーリーだそうです」 「ふむ、【ニムロッド・クラブ】ですか」 「書店でこの本を買ったのですが、【ニムロッド・クラブ】ではないようです。シーマーさんは挿絵だけで文章は付けないと言っていましたから」  フィリップが『ピクウィック・ペイパーズ』を見せた。 「月刊分冊か・・・連載を抱えているのでは忙しいんでしょうなあ」  マークは額に手を当てた。  フィリップは、 「こちらからもお尋ねしてよろしいでしょうか」  と切り出した。 「ここに文章を付けているボズという作家、本名はディケンズというらしいのですが、マークさんはディケンズをご存じですか」 「ディケンズねえ・・・聞いたことがありません」  マーク・レモンはズボンを持ち上げ、せり出したお腹をパンと叩いた。  フィリップは、芝居の台本を書いているのだからディケンズを知っていると思ったのだが当てが外れた。 「わしの居酒屋には出版人やら批評家が大勢来ますが、ディケンズの名前は出たことがないと思います」  そのとき、フィリップの背中に隠れていたイザベラ・スミスが飛び出した。 「たった今思い出しました。チャールズ・ディケンズ氏のことを。彼は『モーニング・クロニカル』の記者をしていますわ」  イザベラは、ディケンズは他社の新聞記者であると言った。同業者だったのだ。 「ですけど、小説を書いていることまでは聞いていません」  そう言ってまたフィリップの背中に逃げ込んだ。  ロバート・シーマーの挿絵に文章を付けたディケンズが、新聞記者をしながら作家活動もおこなっている人物だと分かった。  マーク・レモンが、挿絵は幾つ入っているかと訊いた。フィリップが中を確認すると挿絵は四点だった。 「四点ですか。それでは、挿絵に文章を付けたのではなくて、小説に挿絵を入れた格好ですな」  マークは小説に挿絵を入れたのではないかと言った。 「パラパラと読んだだけですが、内容は狩猟クラブの話です。これは第一号で、続きがあるみたいです」 「これから毎月一冊ずつ出す月刊分冊でしょうな。その本はお幾らでしたか」  フィリップが「1シリング」と答えると、マーク・レモンは「べらぼうに安い」と両手を広げた。 「分冊形式なら一冊の値段を安くできる。それに、読者の期待を次の号へと引き付けられるし、反応も見られる」 「反応? 」 「第一号を出してみて、読者の評判が思わしくなければ、次号で面白そうなストーリーに変えればいいんです」 「なるほど」  この点に関してはマークの話は説得力がある。 「ところで、そちらの方は? 」  マーク・レモンがイザベラを見た。頭の上からつま先までじっと観察していたが、 「男性のようにお見受けしますが、それとも、女性でいらっしゃいますかな」  と尋ねた。 「もちろん、女性です。私が男性に見えますか・・・?」  そう言ってイザベラは口元を押さえた。女性か男性か問われ、矛盾した返答をしてしまったと気付いた。男性に伍して仕事をするために乗馬ズボンとジャケットを着ているのだが、いざとなると、つい本音が出た。  フィリップはマークと顔を見合わせて苦笑した。 「何よ、二人とも」  イザベラがふくれっ面をした。 「私は新聞記者です。こんな格好でもしないと甘く見られますわ」 「こりゃあ、恐れ入った」  マーク・レモンは「居酒屋でお持ちしております」と言って立ち去った。 「行っちゃいましてね、マーク・レモンさん」  マーク・レモンの姿が見えなくなったのでイザベラ・スミスが胸をなでおろした。 「居酒屋をやっているとのことでした」 「私は居酒屋には入ったことがありませんわ、もともと、お酒が飲めない性質ですので」 「ディケンズが何者なのか判明したのは、イザベラさんのお手柄ですよ」  イザベラ・スミスがニコリとした。 「そこまではよかったのですけど、マークさんに服装を指摘されて、何だかとんちんかんな返答をしてしまいましたわ。男性に負けないよう、こういう服を着ているのですが、まだ自覚が足りません」  イザベラはズボンを叩き、上着の襟をビシッと引っ張った。 「そうでした・・・フィリップさんはどこにお勤めなんでしょうか。まだ伺っていませんでした」 「私はイズリントン管区の警察署の書記、記録係です」 「警察! 」  大きく目を見開いた。 「あなたならば歓迎しますよ。書記の執務室をお見せしましょう。それとも、取調室にご案内しましょうか」 「いえ、結構です。私は凶悪事件の担当ではありません。料理や掃除などの家庭向けの記事を書いていますので」  その夜、フィリップは『ピクウィック・ペイパーズ』をじっくりと読んだ。  第一号は二つの章から成り立っていた。  第一章のストーリーは、狩猟クラブが結成され、会合でピクウィック氏が演説をおこなうというものである。メンバーには、タップマン氏、ウインクル氏などがいる。ウインクル氏は狩猟家であると紹介されていた。シーマーによる挿絵は、鹿の頭部の剥製が飾られた部屋で、ピクウィック氏が椅子に乗って演説をしている姿が描かれていた。床には釣り竿と猟銃も置かれていて、いかにも狩猟クラブの雰囲気が出ている。  ところが、第二章になるとロチェスターへ旅行に行く話になった。しかも、パーティーの会場でクラブのメンバーが女性を誘うという話だ。新たにジングル氏やスラマー軍医が登場して、女性を張り合うのである。釣りや狩猟とは無縁の、女性を巡るロマンス物語が展開されている。これでは、シーマーが言っていた釣りや狩猟で失敗するストーリーではなくなってきた。  四番目の挿絵は、階段の下にいるスラマー軍医が、ステップに足を掛けた人物に手を振り上げている構図だった。伸ばした手は指を五本とも広げている。フィリップが気になったのは、この第四図にはシーマーのサインが書かれていないことだった。 『ピクウィック・ペイパーズ』は挿絵集ではなく小説の形式をとっている。やはり、これは、シーマーが出版しようと考えていた挿絵集、【ニムロッド・クラブ】ではなかったのだろうか。
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