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魔女の森入り
幼馴染の裕希が、俺の肩を揺さぶっている。
彼女は、新人看護師として働く成人女性だ。
だけど今、彼女の落ち着きない口調は、小学校の頃を思い出す。
「大変! 京くん、起きて!」
ディーゼルエンジン音のする秋田内陸線の車内で、俺は目を覚ました。
お尻がずり下がっていた。
冷静なフリをして、席に座り直し、俺は彼女に尋ねた。
「なぁ、裕希。ここは阿仁のどの辺?」
「前田南って見えたんだけど、目的の駅過ぎちゃったかも!」
「うーん、そうみたい」
俺たちは秋田内陸線経由で、森吉四季美湖を目指していた。
阿仁前田温泉駅、目的の駅は過ぎている。
この先の阿仁合駅は有人駅だ。
そこで駅員さんから戻り方を教えてもらえるはずだ。
パニックになった裕希に、猫みたいな笑みで俺は応えた。
「心配すんなって。阿仁合駅まで行って戻ろうな」
「本当に……戻れるの? 内陸線って、自動運転する列車だっけ?」
「いや、そんなことは……記憶の限りではないとは思うけど……」
奇妙な現象に、俺も歯切れが悪くなる。
今、車内に運転手がいないのだ。
俺たちが乗り込んだときには、運転席に座っている男性運転手がいたはずだ。
どうやってブレーキをかける?
そうだ、緊急連絡だ!
iPhoneを取ると、8月32日(金)11時52分、圏外の表示。
人生オワタ!
無情にも、車内に電子音声が流れた。
『つぎは阿仁合、阿仁合 ザ ネクスト ストップ イズ アニアイ』
俺たちの心配をよそに、無人列車はちゃんと停まってドアが開いた。
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