魔女の森入り

1/8
前へ
/20ページ
次へ

魔女の森入り

 幼馴染の裕希(ゆうき)が、俺の肩を揺さぶっている。  彼女は、新人看護師として働く成人女性だ。  だけど今、彼女の落ち着きない口調は、小学校の頃を思い出す。 「大変! (きょう)くん、起きて!」  ディーゼルエンジン音のする秋田内陸線(あきたないりくせん)の車内で、俺は目を覚ました。  お尻がずり下がっていた。  冷静なフリをして、席に座り直し、俺は彼女に尋ねた。 「なぁ、裕希(ゆうき)。ここは阿仁(あに)のどの辺?」 「前田南(まえだみなみ)って見えたんだけど、目的の駅過ぎちゃったかも!」 「うーん、そうみたい」  俺たちは秋田内陸線(あきたないりくせん)経由で、森吉四季美湖(もりよししきみこ)を目指していた。  阿仁前田温泉(あにまえだおんせん)駅、目的の駅は過ぎている。  この先の阿仁合(あにあい)駅は有人駅だ。  そこで駅員さんから戻り方を教えてもらえるはずだ。  パニックになった裕希(ゆうき)に、猫みたいな笑みで俺は応えた。 「心配すんなって。阿仁合(あにあい)駅まで行って戻ろうな」 「本当に……戻れるの? 内陸線(ないりくせん)って、自動運転する列車だっけ?」 「いや、そんなことは……記憶の限りではないとは思うけど……」  奇妙な現象に、俺も歯切れが悪くなる。  今、車内に運転手がいないのだ。  俺たちが乗り込んだときには、運転席に座っている男性運転手がいたはずだ。  どうやってブレーキをかける?   そうだ、緊急連絡だ!  iPhoneを取ると、8月32日(金)11時52分、圏外の表示。    人生オワタ!  無情にも、車内に電子音声が流れた。 『つぎは阿仁合(あにあい)阿仁合(あにあい) ザ ネクスト ストップ イズ アニアイ』  俺たちの心配をよそに、無人列車はちゃんと停まってドアが開いた。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加