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「加純、おはよう」  私が、朝起きると奏が朝食を作ってくれていた。 テーブルの上には、ご飯、お味噌汁、焼き鮭、厚焼きたまごに納豆と盛りだくさんだった。 「私、こんなに食べれないよ…」 「もしかして、食欲ないのか?」 「違うから。普通、朝からこんなに食べられないの。大体、いつも朝は、食パンとコーヒーだけだし」 「朝は基本だからちゃんと食べないと駄目だぞ」  そう言いながら、奏はどんどん箸を進めた。 そして私は、奏のお腹にどんどん消えていく料理達をただ呆然と見ていた。 「足りないなら私の厚焼きたまごも食べてもいいよ」 「いいのか?ありがとう」  うれしそうに笑う奏の様子に、私もまた笑みを浮かべた。  甘やかすの言葉の通り、私は奏に後片付けもお願いしてしまった。その間、私はソファーでひとりくつろいでいた。  すると、片付けが終わってやってきた奏は、私の姿を見るとため息をついた。 「加純。まだお前、着替えてなかったのか?出掛けるから急いで着替えてこいよ」 「え?どこか行くの?」 「気分転換に、アウトレットへ買い物にでも行こう」 「もしかして、何か買ってくれるの?」 「え…。財布に優しいものなら」 「本当に?やった!すぐ準備してくる」  今日が平日な事もあり、アウトレットは人も少なくゆっくりと見ることが出来た。 「奏、これどうかな?」  私は、淡いピンクのワンピースを体に当てて奏に尋ねた。  しかし、奏は首をかしげた。 「加純は、ピンクよりブルーとかそう言う色が似合うんじゃないか?そっちの色を当てて鏡を見てみろよ」  私は、奏に言われたブルーのワンピースを当てて鏡の前に立った。 「ほら、やっぱり加純はブルーだよ」  奏は私の後ろに立って、私に向かって鏡越しに笑っている。その時、頭の中に声が響いた。 『加純は、青系が多いから、ピンクとか他の色も着たらいいのに。ほら、やっぱりかわいいよ』  頭の中に浮かんだのは彼に促されてピンクのスカートを試着した時の光景だった。 (なんで今さら思い出すんだろう) 「どうかした?」  鏡を見ると、心配そうな顔の奏が映っていた。 「なんでもない。じゃあ、ブルーにしようかな」 (会社と家の往復では彼の事をこんな風に思い出すことなんてなかったのに)  忘れていた胸の痛みに私は動揺した。  これがきっかけとなり、私は行く先々で彼を思い出すようになった。  本当は、私は胸の痛みを感じたくなくて家に居たかったが奏はそれを許してくれなかった。映画をみたり、お弁当を持って公園に行ったりと、私達は、たくさんの場所に出掛けた。  外出するたびに私は彼を思い出した。  そして、彼がもう横に居ない事を実感した。  今日は、奏の有給最終日。私の希望で私達は、海へとやってきた。 「奏、本当にありがとうね。この数日楽しかった」 「それなら、良かった」  波は穏やかで、それを見ていると、この数日感じていた痛みがゆっくりと癒されていくのを感じた。 「不思議なんだけど、この数日、彼との思い出がいろいろと浮かんできてたんだ」 「もしかして、辛かったか?」  横に座った奏は、私の頭を撫でた。 「ううん。寂しい気持ちにはなったけど、辛くはないの。楽しかった思い出ばかりだから」 「そうか、長く付き合ってたんだもんな。二人には幸せな思い出がたくさんあったんだな」 「うん、幸せだったんだよ」  私は、言いながら、涙が止まらなくなった。 「ねえ、奏。私、愛されていたんだよね。別れても幸せな思い出が無くなるわけじゃないんだよね」 「そうだな」  奏は、私を抱き締めると優しく頭を撫でてくれた。 「あのね、私、彼の事が大好きだったの。だから、ずっとそばに居たかった。例え、あの人の心が私になくてもあの人の彼女で居たかったの」 「そっか...」 「あの人ね、他の人に恋しているの必死に隠そうとしてたんだ。心に嘘をついても私のそばにいてくれようとしてくれた。だから、私も知らないふりをしたの。卑怯でしょ。本当は気がついているのに、そうやって、あの人にしがみついて苦しめた。でも、気がついたの。いくらあの人のそばで思い出を重ねても、もう彼の中ではそれは楽しい思い出にはならないんだって。本当に愛しているなら手を離してあげないといけないのに」 『加純を幸せに出来なくてごめん』  私は、最後に彼が言った言葉を思い出していた。 (私が早く言ってあげられたら彼は苦しまなかったのに。私が、私の方こそ彼に謝らないといけないのに) 私はたまらず下を向いた。 「加純は卑怯なんかじゃないよ。俺からしたら卑怯なのはあいつだよ」  奏は、抱き締めた腕を緩めると私の目をじっと見た。 「そんな事ない。思いあっている二人の邪魔をしたのは私だから」 「それは違う。あいつは逃げたんだ。裏切り者になりたくなくて自分で答えをださなかった。加純に気がつかれるくらいに心が動いてしまったなら、加純にちゃんと自分から言うべきだったし、それでも、加純を選ぶなら生まれてしまった気持ちにしっかりと自分で決着をつけるべきだったんだ。それなのに一番辛い加純に決断を委ねたんだ。だから、加純が悪いわけじゃない。加純が謝らないといけない事なんてないんだよ」  奏の言葉にまた、涙が止まらなくなった。 「加純、幸せになれ。あいつに罪悪感なんて感じる事ない。幸せになっていいんだ」  気がつけば、日は傾き、空には一番星が光っていた。  別れたあの日は、星が綺麗な夜だった。そして、そんな星に祈ったのは、彼の幸せだった。 『彼が、これから嘘をつかずに生きていけますように』  それは、私から彼への罪滅ぼしであり、願いだった。  私は、どんどん夜へと変わっていく空を見上げ考えた。 (今は何を願えば分からないけど、いつか光輝くあの星に、今度は彼の事ではなく自分の事を願ってみようかな)  今日で私は、やっと彼の呪縛から解き放たれのかもしれない。そして、本当の意味で新しい道を歩き出す事が出来たのかもしれない。 (さようなら、愛した人。私を愛してくれてありがとう)
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