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「私は、あなたの事が大好きだよ。だから、別れよ」  そんな矛盾するような私の言葉に、あなたは泣きそうな顔で頷いた。 「また、あの時の夢か…」  それは、1ヶ月前に、7年付き合った彼氏と別れ時の光景だった。  彼とは、大学の頃から付き合っていて、何度も結婚の話が出ていた。 でも、実際に私達が結婚する事はなかった。お互いの仕事の忙しさなど結婚に踏み切れない理由は、その時、その時にあったが、きっと縁がなかったのだと今は思う。縁や勢いがあればきっと二人は結ばれていたはずだから。ありきたりな言葉で言えば、私達の運命の相手は別の誰かだったのだ。  晴れて一人になった私は、いつもにも増して仕事に励むはずだった。 しかし、ふとした時に同僚に別れたことを話したら、溜まった有給をがっつり使って心身ともにリフレッシュをした方がいいと半ば強制的に休みを取らされた。  まあ、普通に考えれば7年付き合った彼氏と別れたとなれば落ち込んで仕事も手につかないだろう。でも、私は不思議な感覚でいた。悲しいと言うより、ここまで引き留めてしまった彼に対して申し訳なかったという気持ちの方が大きかった。  彼には、他に好きな人がいた。  彼が実際に二股をかけていたわけではない。でも、彼が彼女に惹かれているのには私も気がついていた。そして、彼女もまた彼を。  それでも、彼は私に別れをつげる事はなかった。心はひかれていても私という長く付き合った彼女がいるからかその気持ちを私には隠していた。いや、隠そうと努力していた。  でも、私は分かっていた。分かっていて私は知らないふりをした。そんな彼の気持ちにつけこんだのだ。  30と言う年齢の区切りが近づいてくる中で結婚と言う文字ちらついた時、やっぱり横には彼に私はいて欲しかった。だから、知らないふりをして彼を縛り付けた。  もしかしたら、彼は、もう私を愛してなどいないのかも知れない。でも、彼が言い出すまでは、それまではと先伸ばしにした。それは、私だけなく、彼を追い詰めた。 悲しいほどに。 (まるで私は、両思いの二人を邪魔する悪役みたいね)  そして、それに気がついた時、やっと私は彼を解放することを決めたのだった。 「明日は何しようかな」  そんな風に口に出してはいるが、ここ数日私はたいした事をしていない。外に出るわけでもなく、気がつけば、今日も家にこもって堕落した生活を送っていた。  まあ、明日も同じ生活を送るのかなと思っていると突然インターフォンが鳴った。  画面に映っていたのは、従兄の奏だった。 「奏、どうしたの?」 「どうしたのじゃないだろう。とにかく、一回入れて」  私は、何やら大きな荷物を持った奏の様子を不思議に思いながらも家にいれた。 「お前、大丈夫か?」 「何の事?」 「叔母さんから加純の結婚が駄目になったって聞いたから心配で来たんだよ」 「そっか。でも、別にプロポーズされていた訳じゃないの。普通に別れただけ」 「無理してるんじゃないか?」 「そんな事ない。意外と平気だから」  私がそう言うと、奏はため息をついた。 「ちゃんと泣けてないだろ、お前」 「悲しいとはちょっと違うからさ」 「また、そんな事を言って。よし、じゃあ俺がお前を甘やかしてやる。という事で数日お世話になります」 「え?仕事は?」 「たまたま有給とれたんだ」  奏はそう言って私の頭を撫でた。昔から奏は、本当のお兄ちゃんのように私を心配してくれる。私よりも私の事を分かってくれる頼れるそんな人だ。
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