17.この命をあなたに捧げることを誓います。

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17.この命をあなたに捧げることを誓います。

「アゼンタイン侯爵令嬢、具合が悪そうだったけれど大丈夫ですか?」 突然目の前に現れたプラチナブロンドの王子様に私は固まってしまった。 彼は壇上から私を見ていたということだろうか。 まだ、入学式の最中なのに王子である彼が会場の外に出てきたら注目されてしまう。 「フィリップ・サム王子殿下に、ハンス・リードがお目に掛かります。侯爵令嬢は人酔いしただけなので大丈夫ですよ。今は元気です」 返事も挨拶もできずにいる私をフォローするようにハンスが殿下に話しかけてくれた。 「元気そうには見えません。震えているし外は少し寒いから休憩できる部屋に案内します」 王子殿下は自分の着ていた上着を私にかけてくれた。 暖かくて優しい香りに包まれて泣きそうになる。 エスコートしようと差し伸べてくれた手に、震える手を重ねた。 私が震えているのは彼に好意を持ってしまっている気がするからだ。 好かれたいなどと彼に対して思ってしまえば、純真そうな彼の精神を壊してしまう。 「フィリップ・サム王子殿下にエレノア・アゼンタインがお目に掛かります。何故、アカデミーに入学したかお聞きしてもよろしいですか?」 私は焦って挨拶をし、一番聞きたかったことを聞いてしまった。 天気の話題からはじめれば良かったと後悔した。 「扱いやすい人間だと貴族たちから思われないように、見聞を深めておきたかったんです」 私の顔を覗き込むように彼が優しい声で言う。 キラキラした海色の瞳に顔を赤くした私が映っている。 この顔は恋をしている顔ではないだろうか、私はまた不安になった。 「王子殿下に対して扱いやすいなどと言う不敬な貴族がいらっしゃるのですか?」 私は失礼にならない程度に彼から視線をそらして尋ねた。 「僕は正直な意見を言う人間に対して不敬だとは思わないよ。飾り立てた言葉よりずっと心に響くからありがたい」 フィリップ王子の考え方に好意をまた抱いてしまった。 「こんな部屋があるんですね。アカデミーをもっと探検したくなります」 ハンスの聞き慣れた声がして、震えと胸の激しい鼓動が止まった。 おそらく王子に特別に用意された部屋だろう。 アカデミーの教室やホールとは置いてある調度品のレベルが違う。 でも、ここなら込み入った秘密の話をしても他の学生や教師に聞かれることもなさそうだ。 私は気がつくと、フィリップ王子殿下にソファーに座らされていた。 「体調が回復するまでここで休んでいってください。入学式もそろそろ終わる頃だから、他の生徒が帰宅したら人混みもなくなると思いますよ」 私が座った隣に王子殿下が座ってきて、距離の近さに驚いてしまった。 私が人酔いしたということで、人混みを気にしてくれているのだろう。 「お気遣いありがとうございます。殿下、昨今の帝国の世界侵略についてどう考えておいでですか?」 私は彼と雑談でもしようと思ったことを反省し、尋ねるべきことを聞くことにした。 彼にとって私は兄の婚約者であり、臣下の1人に過ぎない。 体の弱い女の子扱いされている場合ではない。 「帝国はサム国も帝国領にするつもりだと思います。おそらく周辺諸国を帝国領にしてからでしょうね。自国愛が強いサム国民も新しい帝国がどのようなものか知れば、自国が帝国領になることを望む国民が増えてくるでしょう。アラン皇帝陛下が皇位について2年しか経っていないのに、すでに世界の半分以上の国が帝国領になっています。今まで外交交渉のみで推し進めている侵略ですが、帝国に武力がないわけではありません。武力で侵略されたら、我が国に太刀打ちでできません。僕はサム国が帝国領になっても良いと思っています。でも、王族として生まれた人間としてサム国の民を導くという責任があります。サム国が帝国領となった際には、その責務を領主として果たせるようにはなりたいですね」 フィリップ王子殿下が流れるように言った言葉に私は鳥肌がたった。 彼は自分が王族ではなくなっても、王国民を導ける領主になりたいと言っている。 純粋そうで扱いやすい人間に見えて彼はとてつもなく聡明で国民に対して責任を持っている素晴らしい君主になる器がある男だ。 世界情勢への把握も的確すぎて言葉が出ない。 サム国は侵略に時間がかかりそうだから、後回しにされているだけで帝国の侵略を免れる術など今のところない。 「私、エレノア・アゼンタインはフィリップ・サム王子殿下を唯一の主君とし、この命をあなたに捧げることを誓います」 私は自分が仕えるべき主君を見つけたことに喜びを感じ、思わずソファーをおりて王子殿下の前に跪き頭を垂れて騎士の誓いをした。
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