27.エレノアと呼んでも良いですか?(フィリップ視点)

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27.エレノアと呼んでも良いですか?(フィリップ視点)

「ここに座ってください」 僕はアカデミーで自分に用意された部屋にエレノアを招き、ソファーに座らせた。 エレノアが気まずそうに、顔を真っ赤にしてソファーに座る。 入学式でここで僕に騎士の誓いをたてたことを思い出したのだろう。 「1日早いけれど、お誕生日おめでとうございます。アゼンタイン侯爵令嬢」 僕は紫陽花の花束を彼女に渡した。 リード公子が毎日のように紫陽花の花束をプレゼントしているのを見て、これなら僕が彼女に渡しても許されるのではないかと思ったのだ。 彼に女性に花束をプレゼントすると好意があると思われると注意すると、すでにエレノアに告白済みだと返された。 王太子の婚約者に告白するほど自由な彼が本当に羨ましい。 彼女が驚いたように瞳を輝かせた。 「フィリップ王子殿下、お心遣いありがとうございます。一生大事にします」 生花をどうやって一生大事にするのだろうと思わず花束をまじまじと見た僕にエレノアが気づいたようだった。 「押し花にして栞にするのです。たくさん勉強して、王子殿下の少しでもお役にたてるように頑張ります」 僕をチラチラ覗き見ながら、必死に話してくる彼女が可愛くて仕方がない。 「ヒース・メンデス子爵、アナキン・ウォーカー男爵、昨日、32番通りで悪漢を追っていた際に負傷されましたね⋯⋯」 エレノアが突然、負傷した警備隊の話をしだした。 おそらく彼女は僕が彼女の誕生日を知っていたことで、僕が臣下1人、1人に興味を持って接している人間だと思ったのだろう。 国を守る警備隊の負傷兵の名前を常に心に刻む君主、それがきっと彼女の理想なのだ。 僕はそんな彼女の理想とは違う人間だけれど、彼女がそんな理想の僕を夢見ているならば少しでもその理想に近づきたいと思った。 「アゼンタイン侯爵令嬢、エレノアとこれから呼んでも良いですか?」 僕は彼女が入学して半年以上、いつ切り出そうかと思っていたことを尋ねた。 「はい、お好きなようにお呼びください。私の呼び名は長いのでご迷惑掛けておりましたね」 僕に名前を呼ばれて、彼女がときめいたのが分かった。 声は震えているし、これ以上ないくらい顔を赤くしている。 本当は僕のことも、フィリップと呼んで欲しいけれど無理な頼みであることが分かっていて言えなかった。 「王子殿下、勉強を教えてください」 ノックをしてハンス・リード公子が部屋に入ってきた。 入学式でこの部屋を案内して以来、この部屋は僕にいつでも勉強を教えて貰える部屋だと彼は認識したらしい。 「エレノア、明日、誕生日パーティーだな。顔、真っ赤だぞ。熱あるのか? 明日、ちゃんと踊れるんだろうな」 リード公子が自分の手をエレノアの額に当てた。 なぜ、婚約者のいる貴族令嬢の顔にあっさりと触れられるのだろうか。 エレノアのデビュタントで兄上は2曲続けて彼女と踊った。 僕も彼女と踊りたかったが、疲れているだろうと遠慮をした。 しかし、リード公子は全く遠慮することなく彼女にダンスを申し込んだ。 彼が不躾なところがあるのは仕方がなかった。 リード公爵家は姉のビアンカ・リードを後継者として厳しく教育し育てていた。 だから、年の離れた弟のハンス・リードはかなり自由に育てられている。 彼女が兄上に手を出されたのは、兄上の婚約者指名の直前だ。 公女に手を出したのだから、リード公爵家は当然彼女が婚約者として指名されると思っていた。 兄上も婚約者指名には、ちょうどその時お気に入りだった彼女を指名すると言っていた。 しかし、兄上が指名したのはエレノアだった。 その後ビアンカ・リードは2年半ひきこもった後に帝国に移住したという。 兄上は彼女がアカデミーを好成績で卒業して後継者教育を修了していたことさえ知らないだろう。 どうせ、彼は彼女の胸と尻しか見ていない。 エレノアに手を出さず、高級娼婦でも呼べば良いものを。 「フィリップ王子、何かありましたか? いつでも、相談にのりますよ」 僕が兄上への憎しみを募らせているのが顔に出ていたのだろうか。 リード公子が心配そうに、僕に声を掛けてきた。 彼は貴族とは思えないほど不躾だが自由で、なぜか憎めない男だった。 僕も彼のように生きられたらと何度も思った。
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