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1.レイモンド王太子の婚約者指名。
「エレノア・アゼンタイン侯爵令嬢を私の婚約者として指名します」
どうして、このような事になってしまったのだろう。
今、私を婚約者として指名しているのはサム国の王太子レイモンド・サムである。
現在18歳である彼が、明らかに付き合いで出席した婚約者指名の会にいる10歳の私を指名している。
彼は黒髪に海色の瞳をした美男子で、かなり遊んでいるらしい。
「エレノア、今日から婚約者としてよろしくお願いしますね」
にこやかに私に接してくるが、10歳の私と婚約することであと8年は遊べると思ったしょうもない男だ。
彼が婚約者として私を指名したことで、私は彼と2人きりと時を過ごさなければいけなくなった。
王宮の手入れされた庭園を、興味のない相手と行くあてもなく散歩する。
「私に気を遣わなくて結構です。今まで通り貴族令嬢への奉仕活動を続けてください。殿下が唯一国民に対してしている貴重な公務ですので⋯⋯」
私は皮肉を混ぜたような貴族の会話術が嫌いだ。
それでも、彼には言っておかなかればならないと思った。
「エレノア、あなたを知った瞬間から、私にとってあなたが唯一の女性です」
鳥肌が立つくらいの美しさで、レイモンドが私に語ってくる。
「ふふ、幼い少女が好きなのですか悪趣味ですね⋯⋯」
私は貴族令嬢が夢中になる彼に興味がない。
確かに見た目が良くて次期国王という立場だ、周りの貴族令嬢が夢中になるのは理解できる。
でも、王太子という身分にも関わらず浮名を流すどうしようもない男だ。
サム国の貴族は女性だけでなく男性にも貞淑さが求められる。
だからこそ他国から見ると女性を大切にする国とみられている。
王太子である彼は本来であれば、誰よりも貞淑であるべき立場だ。
「エレノアのどこが幼いのですか?私から見てあなたは誰よりも成熟した女性に見えます」
彼が私の頰に手を添えながら愛おしそうに語る。
彼の海色の瞳に私が映っている。
彼に惚れる女の理由がわかった。
キラキラと太陽の光を吸い込んだような海の水面に映った自分を見たら彼に恋していると思うかもしれない。
それくらい彼の瞳に映った私は今まで見たこともないくらい可愛らしかった。
「そうですか。では、しばらく婚約者として過ごしますね。王太子殿下は私には勿体ないくらい幼く見えます。その幼さを愛おしいと思える令嬢と結婚し立派な国王になってくださいね」
サム国は争いを避けるために長子が王位を相続する。
彼は生まれた時から国王の椅子を保証されているためやりたい放題だ。
実際、今日集められた婚約者候補も彼が手をつけた貴族令嬢ばかりだった。
私はサム国でアゼンタイン侯爵に孤児院から養子として貰われた。
周りは私のことを影で侯爵家で飼われている孤児院の野良猫という。
侯爵令嬢とは名ばかりの血筋が怪しき人間の私を周りは笑っている。
しかし、帝国の皇帝が代替わりして、一気に帝国が身分至上主義から能力至上主義に変わった。
平民に生まれても帝国の要職につけるようになったのだ。
サム国は女性の権利が特に尊重されていることで有名だ。
次期王妃という立場に孤児院出身の私を据えることで、何かアピールでもしようというのか。
「余裕ですね。ではエレノア、あなたを脅迫することに致します。エレノア、私はあなたの正体に心当たりがありますよ」
私は耳元で囁くように言った王太子殿下の言葉に震え上がった。
私の正体をこの国で知っているのはアゼンタイン侯爵夫妻だけのはずだ。
誰にも知られてはいけない私の秘密。
「何のことを言っているのか、分かりません。次期国王として言動には注意すべきではありませんか?私を侮辱することはアゼンタイン侯爵家を侮辱することに繋がりますよ」
私は震える声を抑えながら彼に言った。
私には大きな秘密がある。
サム国の実親のわからない孤児ではなく、帝国の公女だという事実だ。
私は魅了の力と言われる秘密の力を持って生まれた。
実父はその力を利用し皇帝を唆し皇権を手に入れることを望んだ。
私はそのことに気がつき、その力を隠し続けていた。
ようやっと他国に逃げるまでたどり着けたというのに、今度はこんなくだらない男に引っかかってしまうなんて。
「エレノア、本当のあなたを暴くことが侮辱に繋がるのですか? これから、私に限界まで暴かれていくというのに。」
殿下の指が私の唇をなぞる、その大人の女を口説くような仕草に急速に頭がクリアーになっていく。
10歳の女の子にすることではない上に、私は彼に好意を持っていない。
彼と私の間にあるのは、身分の差だ。
彼の行為を拒否できない私にこんなことをしてくる人間に苛立ちさえ覚える。
子供の人権も尊重できない男を国王にしてはいけないのではないだろうか。
「殿下、あなたに暴ける私など存在しません。自分の子にさえ手を出さなければ幼子を好きな事も許されると思いますよ。サム国は他国より女性の権利が尊重されていると尊敬されています。自分のお立場を考えた行動をされた方がよろしいかと思いますよ。」
サム国は世界で珍しく一夫一妻制をとっている。
政府の要職も女性が半分を占めていて、世界を侵略しはじめた帝国の脅威をものともしない豊かな国だ。
「エレノア・カルマン公女、黙って私の女になりなさい!」
耳元で囁いてきた彼の低い声に世界が反転した。
エレノア・カルマンそれが私の本当の名前だ。
私は4歳の時、レオハード帝国の皇帝を誑かす女としての役目を逃げサム国に来た。
私が子供とは思えない、何にも期待しない死んだ目をした女の子だと言った人の助けがあったから帝国からサム国に逃げて来られた。
死んだ目をしているなんて言われても全く頭に来なかった。
私は自分の運命の全てに絶望していたからだ。
むしろ、唯一本当の私を見てくれた恩人である彼女に私はいつか恩返しがしたいと思っている。
6年前に私が捨てた名をたてに、私を利用しようとする男が現れるなんて思ってもみなかった。
ふらついた私を王太子殿下が支える。
「私と結婚なんて、その頃にはあなたはおじさんでしょ。弟君と婚約すると言われた方がしっくりきますわ。」
彼の弟君、フィリップ・サムは私の1歳上の王子だ。
彼は王族とは思えぬくらい純粋で、周りの貴族は彼を利用できる機会を虎視眈々と狙っていた。
「私との結婚を考えてくれているのですよね。24歳をおじさんと言うなんて国民の8割を敵に回しましたよ。」
そう言うと王太子殿下は私の髪の束を手に取り口づけをしてきた。
思わず拒否反応が出てしまい、髪を後ろに避ける。
私は生まれた時から自分を利用しようとする人間に囲まれてきたせいか、そういう人間を感知する能力に長けているようだ。
彼は私の心を奪い、うまいこと利用しようとしている。
薄紫の紫陽花色の私の髪。
これは、私を産んだ母親から受け継いだ色だ。
カルマン公爵家の紫色の瞳の女は魅了の力と呼ばれる男を操る力を持っていると噂されている。
なぜ、そのような女の子が生まれるかの原因を私はいつか突き止めたいと思っていた。
生まれながらに、私のように足かせを持った子を増やしたくはない。
皇族は皇族の血が濃いと崇められる紫色の瞳の女を欲しがる。
紫色の瞳をした子を産ませたいからだ。
私は紫色の瞳を持って生まれたがために、カルマン公爵家の正妻の子として育てられた。
でも、本当の私の母親は私を産んですぐに殺された紫陽花色の髪をしたメイドだ。
「10歳の社交界デビューもしていない子に対して何をしているのです。恥を知りなさい。私のような少女さえ、王族という権威をたてにあなたは自由にしようとする。他国の女性がどれだけこの国に憧れを抱いているとお思いですか。レイモンド・サム、私は正式にあなたとの婚約を拒否させていただきます」
私は思いっきり彼を押し返そうとした、余裕ぶった彼の海色の瞳を思いっきり睨みつけた。
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