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久しぶりに見たその顔はとても美しくーーー不気味だった。
ぱっちりした二重まぶたの下に、微かな光沢が宿る深いブラウンの瞳。
黒く長いまつ毛は一本一本が瞬きするたびに優雅に揺れ動く。
眉は左右対称にカーブを描き、顔の中央には高く通った鼻筋はスラリと伸びている。
厚く潤った唇は血色の良いピンクが鮮烈に印象づけられていた。
一見すればかつての面影を感じることができるが、程なくして押し寄せてくる圧倒的な違和感。
すべてのパーツは美しく完璧に加工されており、まるで彫刻のよう。いや、彫刻そのものだった。
外見や動きが人間に近づくほどロボットには親しみが湧いてくるものだが、ある一定のラインを越えると逆に気持ち悪さを感じてしまうという。いわゆる「不気味の谷」と呼ばれる心理現象。
私はまさにそれを感じていた。
「見ないうちに随分とこう・・・変わったわね。」
「キレイになったでしょう?男に話かけることなんて皆無、鏡を見るのも嫌、コンプレックスの塊。そんなだったのに、時間と金さえかければご覧の通りよ。」
合成された映像を見ている気分になり頭が一瞬くらっとする。
現実に存在するにはあまりに不自然な美女が、忙しく口を動かしている。
「お人形さんみたい。」
「お人形!それ、それよ。あの日に見た広告のキャッチコピーがそれだった。『幼いころに憧れたお人形さんのように』って。モテないのは容姿のせいだってずっと思ってたから、それ見て美容整形を決意したのよね。モテないからって仕事だけ無駄に頑張ってお金溜まってたけど。ふふん。お金なんて持ってても器量も悪くて根暗な女に話しかける男なんていなかったわね。それがちょっとイジっただけで、効果てきめん!」
「男ってチョロイもんよねぇ。」
「最初は目だったわね。二重にしたらもう寄ってきた。営業のヤツら『最近可愛くなった?』なんて!。はぁ。でもあの時浮かれてしまったのは失敗だったわね。事務のイモなんて陰口叩かれた時には鏡隠して泣いたくらいだったから、初めてモテたことが嬉しくて・・馬鹿な男に引っかかっちゃった。遊ばれてポイ。捨て台詞は『実は鼻が好みじゃないんだ』って!」
「ひどい。」
マネキンが人の魂を宿したようにワナワナと身を震わせていた。
人間と人形の境目とは何だろうかと考えたくなる。
「じゃあ鼻もキレイにしてやろうじゃないって。やってみたら大成功!元カレが寄りを戻したいとか言ってきも相手にしてやらなかったわね。会社の連中はもうみんなダメ。レベルが違うのよレベルが。何しろは私は、芸能事務所にスカウトされた身なんだから!道端で声かけられてラッキーよね。会社も辞めてこれからデビューってところだったけど、あと一個足りなかった。レッスン代もたくさん払ったし、お偉いさんたちとも何人も寝た。あと一つ足りなかったのは、唇。テレビ映えするには目、鼻、唇の3要素が必要だって。だから唇もホラ!」
「ウッ・・!」
唇を尖らせたその顔に、私は一瞬たじろいだ。
確かにそのパーツだけ見れば分厚く潤った完璧な唇と言えよう。
しかしモンタージュのような顔面全体との不整合が異質さを一段と際立たせていた。
「ああ・・でも運が悪かった。まさか事務所が倒産しちゃうなんて。競争が激しいからこの業界ではよくあることなんだけど。ただ、次はモデルの事務所だったから顔だけじゃダメだった。周りを見てもカラダつきが全然違ってた。知ってる?男より女のイジメの方が陰湿なのよ。あんなガリガリの連中に私はまた・・イモって!イモって言われて!!悔しかった。見返したかった。二度とイモなんて言わせない。だから・・・たから全身を、私のカラダ全部を、徹底的にやってやったのよォ!!」
バっと胸元が開かれる。シャツのボタンが弾け飛び、一気に半身が露わになった。
極端に強調されたボディラインはCGアニメなら絶世の美女レベルのキャラクターと言えよう。
しかし現実は。
破裂寸前の風船のようなバスト。縄で縛られたように絞られたウエスト。岩でも詰め込まれたような腰。脂肪を吸い取られ骨と皮だけになった棒切れのような腕と足。それらひとつひとつが得体の知れぬ生物として蠢めいている。
今感じてる不気味さは、顔だけでなく全身からくるものであると物語っていた。
「・・・」
絶句。何か語れる言葉があろうか。
目の前のそれはなおも言葉を吐き続ける。
「それなのに。それなのになんであんなこと言うの!『バランス悪すぎる』って!『気持ち悪い』って!!はぁ!?こっちは全財産かけて!全部イジったんですけどォ!?意味わかんない。ぜんッぜん意味がわりません。」
「・・・・・っさい」
「『詐欺被害を拾ってやったのに』てェ?私がいつ騙されたんですかぁ?そんな記憶ありませんッ!芸能界デビューは本当デス!たまたま運が悪く倒産しただけデス!」
「・・・・うるさい」
「『性格悪いとどこでもダメだ』だって!『性根を治せ』って!!ウケる!中身は整形できないだろうよがヨォ!手術できません!はい理不尽!理不尽なこと聞く必要ありません!!」
「うるさいうるさいうるさい」
「『なんで確認しないんだ』ってェェ!??『見たらわかるだろ』おお??ええぇ?見る必要あるぅ?完璧に指示したし金積めば医者は指示通りやってくれんだからぁあ??んんん!??そりゃ最後に見たのはイモの時でそのあと全部隠して」
「どいつもこいつもうるせェんだよォオオオ!!!」
私は目の前の鏡を叩き割った。
拳から細い腕に向けて赤い液体が伝う。
久しぶりに開かれた観音扉の鏡台は無残に砕かれ、パラパラと残骸が落ちてゆく。
ひび割れた鏡の破片には、独り言を虚しく垂れ流す私の歪んだ顔が映っていた。
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