昭和の人間ー愛犬との七年間ー

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昭和の人間ー愛犬との七年間ー

 僕が生まれたときから彼はいた。犬のいる生活なんて当たり前だった。ただ彼は庭で鎖で繋がれていた。犬を座敷に上げるんじゃないと、おばあちゃんは口酸っぱく言っていた。冬の寒い時期は家屋に繋がった作業小屋に彼にいた。台風の日、大雨の日、そんな日も彼は作業小屋にいた。 「お母さんのお姉さんがコンカギで付けたんだよ。どこかの外国語で黄金って意味なんで」  お兄ちゃんが自慢げに話すコンカギの話に僕はへぇと頷いていたはずだ。何度も何度も聞いていただろうけど、僕の記憶に残り始めたのは四つか五つかそのくらいの時期だろう。 「コンカギは三代目なんだ」  僕の記憶に残り始めて知っていると言い出してから、その相手は僕の弟になった。お兄ちゃんは僕の三つ上。弟は僕の三つ下。丁度三年二ヶ月ずつ違うという話をすると大人たちは、お父さんお母さん上手だったのねと下世話な話によくなった。小学生にも上がってない僕にそれの意味はよく分からなかったが面白い話ではないと感じていたのは確かだ。  コンカギは賢い。三代全て賢いとおじいちゃんはよく言っていた。何がどう賢いのか僕にはよく分からなかったが、幼い子供の世界の大半は家族からの情報で占められている。保育園でもコンカギは賢いんだと自慢していたはずだ。  僕がコンカギに会えるのは朝と夕方だ。日中はおじいちゃんが、軽トラでコンカギを連れて林檎畑に向かう。春夏は常にそうだった。お母さんに言わせると番犬代わりなそうだが、コンカギが吠えるとこも噛みつくとこも僕は見たことがない。ただ居てくれると嬉しかった。  コンカギのいる夕方、僕はコンカギの側に行きコンカギを抱き締めて頭を撫でた。 「コンカギは賢いんだよね?」  そんなことを言っていたはずだ。大人しく撫でられて、たまに僕のほっぺたをペロリとなめるコンカギが大好きだった。そうやってコンカギの側にいられる時間が大好きだった。  ただ、お父さんは動物が嫌いで晩酌をしながらコンカギの悪口を言っていた。 「犬は食べれば美味いんじゃないか?」  冗談でもそんなことを言うお父さんが僕はあんまり好きじゃない。お酒を飲み過ぎて毎日夜中に叫ぶし、お母さんとよく喧嘩もする。そんなときはそっと外に出てコンカギを抱き締めていた。お父さんからしたら、それも面白くないようだった。僕が喘息持ちで動物の毛が良くないと喚いていたが、それでもお父さんの側よりコンカギの側が僕にとっては居心地が良かったんだ。
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