昭和の人間ー愛犬との七年間ー

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 僕は走るのが遅い。保育園で僕と同い年は僕を含めてたった四人。喘息持ちのせいもあって僕は全力で走ることはないが、五歳までは何とか三番目につけていた。五歳までだ。僕はいつの間にか走るのが一番遅くなっていて、それを喘息のせいにしていた。努力が足りないとは、よく言われていたが五十メートル走るだけで僕の喉は悲鳴をあげる。一度ゼイゼイと鳴り出したならば、病院に行くまでずっと鳴っている。  病院自体も近くになくて、朝まで眠れない夜を過ごしたことも何度もあった。僕の家は山の上の集落にあるために病院に行くだけで車で一時間半はかかっていた。病院に行った日は保育園を休んでコンカギの側にいる。コンカギは僕の横でただ座っているだけなのに、僕にとってたまらなく可愛かった。それは余計なことを言わないからだろう。  コンカギ以外に野良犬も可愛がる僕は親にとって手のかかる子であったのは確かだ。野良犬を保育園で可愛がって、その野良犬が家まで着いてくることも多々あった。おばあちゃんに何とかしろと言われてなく泣く泣く怒鳴って追い払うことも何度もあった。そんなときは僕の心は泣いているが、黙ってコンカギを抱き締めると癒やされるような気持ちになる。野良犬たちがその後どうなるか五歳の僕には想像もつかなかった。 「コンカギは鳴かないから賢いな」  ある日、おじいちゃんがお兄ちゃんと将棋を打ちながらそう言った。 「鳴かないのが賢いの?」 「煩くないからな」  僕の問いかけにおじいちゃんは香車を進めながら鼻を鳴らす。 「なんか可哀想……」  鳴くこともできないなんて。僕は素直に思ったことを言ったならば、おじいちゃんは不機嫌になる。 「喧しい犬なんて賢くないんだよ!」  半分キレ気味のおじいちゃんの側をそっと離れて僕は夕闇の庭に出てコンカギの側に行く。 「ねぇ、コンカギはどうして鳴かないの? 僕はコンカギの声を聞きたいな」  コンカギの目をじっと見る。コンカギはくうんと小さく鳴いた。 「あはは。コンカギ鳴いたぁ」  たまらなくなってコンカギの背を撫でる。今はコンカギと僕は同じくらいの大きさ。そのくらいが丁度良かった。お兄ちゃんは僕より大きいけど、コンカギはそうじゃない。僕よりずっと年上なのに、お兄ちゃんなのに同じくらい。ずっとこんな感じなら良いのにと僕はぼんやり考えていた。
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