昭和の人間ー愛犬との七年間ー

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 僕は身体が弱いのに、お兄ちゃんも弟も身体を動かすのが好きだ。二人で庭で野球の真似事をしているとき、僕は中で本を読む。お兄ちゃんたちは、ときにはコンカギの鎖を放して一緒に駆け回っている。いいなぁと思いつつも僕が仲間に加わることもない。六歳になった僕にお母さんは走るなと言い含めたからだ。走る度に喘息発作を起こして病院に行く羽目になる僕に手を焼いて、とうとうそう言われてしまった。室内でできるのは読書とかゲームとか。ゴム人形で遊んだりもするけれども、どれもこれも一人遊び。おじいちゃんが将棋に付きあってくれることもある。ただ僕は将棋も弱いためにおじいちゃんも面白くもないらしい。庭に出ればコンカギばかり構う僕にお父さんも面白くないようだった。  読書に飽きたらノートを取り出して絵を描く。得意ではないけど好きだ。僕の好きな世界を自由に描ける。そこに走る必要なんかなかった。 「あの子はおかしいんじゃないか?」  いつだったか夜中にトイレに起きたとき、締め切った居間でおばあちゃんの声が聞こえた。 「犬ばかり構っているし子供らしくない。家にいても話もせずに絵ばかり描いている。おかしいんじゃないか?」  居間から聞こえる話から僕のことだとすぐに分かる。胸が締め付けられるような気がした。そっとトイレに向かって用を足してすぐに寝床に戻る。僕は知っていた。家族が僕を変わり者扱いしているのは。でも僕は僕なんだ。身体が弱いのも、内気なのも、家族よりコンカギといたいのも。それの何が悪いの?  その晩、また喘息発作を起こした。お母さんが気付いて真夜中に病院に電話をして、一時間半揺られて病院で点滴を受けた。お母さんは朝方帰るときも何も言わない。僕も何にも言わなかった。ただ、コンカギを抱き締めたかった。  六歳の秋、家族でりんごの収穫のためにおじいちゃんの畑に行った。コンカギは鎖に繋がれて小屋の横で寝息を立てている。僕もその隣にいた。喘息発作を起こさないように僕だけ作業の量が少なくされた。休み休み動く中で僕はやっぱりコンカギの側にいる。コンカギは僕をおかしいとは言わないし、仲間外れにもしない。ただ黙って僕の側にいる。 「コンカギ、ずっといてよ」  コンカギの年がいくつなのか、犬の平均寿命がどのくらいなのか、そのときの僕は知らなかった。ただコンカギに側にいて欲しかった。コンカギが居てくれるだけで色々なことが我慢できる気がした。だから願う。ずっと側にいてと。
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