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それは春だったはずだ。僕は小学生に上がり、宿題をせずに毎日叱られていた。叱られて泣きながらコンカギを抱き締めに庭に出る。そんな毎日の中、僕が学校から帰ると夕方にいるはずのコンカギがいなかった。お母さんもおばあちゃんもいなくて、おじいちゃんが難しい顔で居間のソファに座っていた。
「コンカギは?」
「いなくなった」
真顔で一言を返すおじいちゃんに僕は言葉が詰まる。
「みんな探しに行っている。探しに行くぞ」
「なんで? なんでコンカギはいなくなったの?」
「さあな。珍しく大きく鳴いたから鎖を放したらいなくなった」
「どうして……」
「探しに行かないのか?」
「行く!」
おじいちゃんは立ち上がり、壁にかかった軽トラの鍵を取る。僕は黙っておじいちゃんの背中をついていく。
おじいちゃんの軽トラの助手席に乗って、両手をギュッと握った。
「犬猫は死ぬときは姿を消すって言うからな」
「死ぬ……」
おじいちゃんの言葉に何も言い返せない。信じたくはない。
「先代も先々代も姿を消した。だが、お前はイヤなんだろう?」
こくんと頷いて見せる。もしコンカギの寿命が近いのであっても、僕は最期までコンカギの側にいたかった。
おじいちゃんの車は山道を進む。おじいちゃんの畑がある場所よりずっとずっと山奥。
「コンカギを呼べ」
おじいちゃんに言われて僕は叫ぶ。大きな声で。
「コンカギーーーー!! コンカギーー!!」
おじいちゃんは軽トラをゆっくり走らせる。僕は叫ぶ。
「コンカギーーーー!!」
喘息が起きても良かった。コンカギに帰ってきて欲しかった。今までずっと一緒にいたのに。これからもずっと一緒にいるはずだったのに。
「コンカギーーーー!!」
コンカギはきっと帰ってきてくれる。きっと応えてくれるはず。太陽はだんだんと山際に下がり、反対側から闇が広がっていく。
「コンカギーーーー!!」
コンカギの声なんか聞こえやしない。姿なんかどこにも見えない。それでも精一杯叫ぶ。
「コンカギーーーー!!」
喉がヒューヒューと鳴り出す。
「コンカギーーーー!!」
太陽は沈んだ。
「もういい。帰るぞ。もう充分だ」
おじいちゃんが言い放つ。僕の喉はゼイゼイと鳴り出して、まぶたにはいっぱい涙が溜まっていた。喘息の苦しさなのか、コンカギがいなくなった悲しさなのか僕に判別はつかなかった。
家に帰った僕をお母さんは、自分の車に乗せかえて病院に向かう。後部座席で横になる僕の頭はコンカギのことでいっぱいだった。
「コンカギってね、お母さんのお姉さんが名付けた黄金って意味だからね、コンカギは金の風になったんだね。最期まで賢かったね」
お母さんはそう声をかけてくる。僕は苦しすぎて何も言えなかった。
「誰でもね、死ぬときは来るんだよ。大事にしていたからコンカギは姿を消したんだろうね。逃げた訳じゃないんだよ」
先代と先々代のコンカギがいなくなったとき、お母さんは苦しかったんだろうか? そんな話を僕は聞くこともできなかった。ただよく分かった。僕は本当にコンカギが大好きだったんだ。
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