炎雪記

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「銃撃隊。構えッ!」  雪の向こうでヤマガタトモネが、厳しく高く声を張る。サムライたちが、肩にかかげもった長鉄砲を。残さずこちらの柱に向けた。柱にしばられたあいつに向けた。 「おい。しゃべるなと言われても、あたしは言うよ、」  降りしきる雪の中。あたしは命をこめて大きく叫ぶ。言葉にあたしのすべてをかけて。 「あと一度。あと一度だけだ。あたしをここで解き放て。あたしが焼き切る。こんな半端な鎖ふぜいは。だから。そのあと。二人で走ろう。世界のずっと遠くまで。二人で逃げて、駆けていくんだ。そこからすべてを、まるで最初からやり直そう。な? それが、いま、いちばんだ。おまえは、あたしと、二人――」  もう、やめなさい。もうやめて! あいつが激しくあたしに叫んだ。まっすぐあたしを心で見つめた。その目は、今では色を持つ。あいつのほんとの瑠璃色に。青水晶よりもずっと澄んだ久遠の青に。その目が光って。あたしをまっすぐつかまえた。  あなたのことが、大好きだから。  最後は、わたしを笑わせて。  わたしにたくさん、見せて欲しい。  壊すのではなく。殺すのではなく。  あなたの舞いを。あなたの色を。最後にわたしに、見せて欲しいの。  それだけ。  いま望むのは、それだけだから。  大好きだった。大好きだった。  あなたの光。あなたの色が。  あなたの全部が、好きだった。自由なあなたが好きだった。  だから。ここで。  さいごに。わたしが大好きなあなたのままで。綺麗な色のあなたのままで。  最後に、世界を、染めて欲しいの。  それが、わたしの、ここでの―― 「一陣、射撃ッ!」  雪原に声が鳴り。続いて火薬の、音が響いた。  血が散った。雪地の上に、大きな血の色の花が咲く。 「あああああああッッ! ダメだダメだダメだ!! たのむッ ! あたしに命じろ!! 焼けと、ひとこと、言ってくれッ!!!!!」 「焼か、ない、で、」  細く血を流すそいつの唇が、あたしに向かって呼びかける。 「焼か、ない、で。わたしの、好きな、色で、い、て…」 「二陣、射撃ッ!!」  ひときわ大きな大輪の血の花が。広く大きく、白雪の上を染めてゆく。 「ああああああああああああ!!!! なんでなんでなんでなんでぇぇぇぇえぇ!!! なんでなんでだ! なんでなんだぁぁぁぁぁぁ!!!!」  あたしはあたしは、命消えゆくあいつの瞳の上から跳び出して。  叫んだ。喘いだ。ありったけの声で。ありったけの、ありったけの力にまかせて。 「なんでだぁぁぁぁ!!!! なんでなんで、なんで!!! ああああああああああ!!! あああああああああああ!!!!! 行くな行くな行くな行くな行くなあああああッッ!!!!!」  あいつの命が終わりゆく。雪原の上で終わりゆく。  あいつの命が消えてゆく、この白い雪の世界のただ中で。  あたしは。あたしは。あたしはあたしはあたしはあたしはッッ!!!!! ああああああああ! あああああああああああああああああああああッ!!! ―― 焼か、ない、で、 ――  血の泡にいろどられた、あいつの死にゆく唇が。あたしにむけて、かすかに笑う。  あいつはあたしに微笑んで。そして言ったよ。最後に届いた、あいつの心の、最後の言葉。 ―― 一緒に、最後に。ここに来て。ここで。わたしを。あなたが、強く、抱きしめて… この苦しみを。こここにある痛みを。最後にあなたが、灰にして。あたしを抱いて。そしてしずかに、楽にして。あなたの熱で、この苦しみを、終わら、せ、て。わたしを。わたしと。一緒に、いよう。最後に二人で。最後は、二人で。おねがい。最後は、二人でいよう。いつか。二人で。ひとつの心で。遊んだ…… あの日の。二人、あのとき、の、――  最後の言葉は言葉にならない。  あたしはあたしは、ぽろぽろともう止まらない火の涙をこぼして、こぼしてこぼしてむせび泣く。嗚咽をあげて、泣きわめきながら。あたしはあいつを、抱きしめた。力いっぱい、死にゆくあいつを抱きしめた。あたしの熱が、もう目を開くこともない、あいつの身体に沁みていく。あたしの熱が、あいつをとりまく炎となって。赤々と。火が。あたしの命が。あいつの命が。すべてひとつの光となって。激しく高く、雪原の上に竜巻のように駆けのぼる。  感じる、感じた。あたしの精いっぱいの腕の中。あいつのカタチの、最後の感触。あいつの全部が、消えてゆく。あいつの心が溶けてゆく。あたしはそれでも、あいつにしっかり巻きつけた、この腕の力をゆるめることはもう二度とない。もうはなさない。もうはなれない!  一緒に二人で、いっぱい歩いた。いっぱい笑った。いっぱい踊った。高く澄み切ったいつかの広い秋空の下で。二人で遊んだ。いつまでも遊んだ。二人はあそこで。二人はひとつで。  あいつの記憶が、溶けてゆく。二人の記憶が、ぐつぐつ燃え立つあたしのカラダのこの熱とともに。世界のかなたに散っていく。もう戻れない。もう戻らない。あいつは。あいつは。あたしのあたしの腕の中で。あたしが捧げる炎の中で。あいつのすべてが。大気のはかない名もない塵へと、かえっていく、ああ、かえっていく。あいつはどこかに旅立っていく。あたしはそれを、追うこともできない。あいつが遠くに旅立っていく。もう二度と戻れないその旅へ。  激しく渦まきうなりを上げる巨大な火柱におそれをなして、サムライたちが、もうむちゃくちゃにあたしを目がけて撃ってくる。ありったけの銃で。そこにあるだけの、ありったけの火薬をうならせて。  だけど。あたしは。あたしはッ!! もうそんなもの、憎い憎いこざかしい、そんな鉛の弾などはッ!!    ―― 焼か、ない、で、 ―― ――わたしの、好きな、色で、い、て――
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