炎雪記

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 夜から降り止まぬ雪の中、  あいつはもう何もなくなった世界の中心にたたずんで。  ひとり、何かに祈っていたようだ。  雪はどれだけも降り積もる。その冬の根雪になりゆく重い平雪が、あいつの肩にも降り積もる。  けれど。どれだけあたしが話しかけても。あいつの視界の中で小さく炎をふりまいてみても。  たたずむあいつは、ぴくりとも動かずに。大きく見開いた色の消えた瞳の向こうに。あたしとあいつが消してしまった大きな町の名残を見ていた。そこに残ったのは幾筋もの川だけだ。あとには灰と、炭だけが広がるだだっぴろい雪原だ。  あたしはまたひとつ失敗した。やりすぎ、だったと。笑って舌を出して謝って終わりにしてしまえる、底抜けにいい加減なあたしと違って。あいつは少し―― いや。とても、あまりに。真面目過ぎるところがあったよ。それはあいつの美徳でもあり。たぶんあいつの弱さでもあったんだ。  そのまま何もない世界に時間だけが過ぎて。白の世界の向こう側に、黒胡麻のような醜い何かの動きが起こった。それは隣国の境界あたりから引き返して戻ってきたヤマガタ勢の別軍だ。町ひとつがまるごと炎に消えたという一報を受けて。そいつらは雪の中、ここまでようやくたどり着く。そして見たんだ。そこにあったはずの城も町も、何もかもが灰と消し炭と雪の堆積の中に消え失せてしまった、この場所の白さを。  その何も無い白の中心で、ひとりで祈るあいつを目にして。黒の醜い甲冑をつけたニンゲンたちは。最初はひどく遠巻きに。そのあと害がなさそうだと見切ったあとはおそるおそる近寄って。鎖であいつをぐるぐるにしばりつけた。  だけどどいつもこいつもが、へっぴりごしの、おそるおそるだ。何しろ町ひとつ城ひとつを一夜で溶かして消してしまう「炎の魔女」だからな。そいつらがひるむのも、まあ、無理ないことかもしれなかった。  だがもうそんな鎖など、あたしの炎で一息に解き消して。もうこの面倒くさいサムライどもとは縁を切って。自由にどこか、遠くへ行こう。あたしとふたりで、自由に楽しく、また最初からやり直そうじゃないか。  つとめて気楽にささやくあたしに、あいつは無言で首をふる。 ――これは、わたしが、してしまった、ことなの、ね…  あいつは小声で、何度も何度もその言葉だけをくりかえす。瞳は大きく見開かれ。サムライたちでもあたしでもなく、ただ、あたしとあいつが消してしまった、その町だった場所の広がりだけを。むやみにみていた。いつまでも。
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