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第二章 変な想い出
すごく、変な想い出がある。
内心で思うだけでなく、言葉にしてたびたびそう言ってしまう癖。小学二年生だったあのころをとっくに置き去りにして大学に入っても、その癖から逃れることができていない。
よくない癖だとはわかっている。他人の想い出話など、基本的にはどうでもいいものだ。大学以前、いや、はるか幼いころの私の想い出の話なんか、どうでもいいという人間が小数点レベルで百パーセントに近い、そんなことはわかってるんだけど。
それ以上に、じゃあたとえば飲み会でぽつりとそう言ったときに、えっなになにどういう想い出? と食らいついてきてくれた心優しいひとがいたとして、私は、曖昧な笑顔で自分の言葉を封じるしかないのだ。
……まあ、逆説的にだからこそというか、きょうはこんなことになっているわけだけど。
私の部屋には、おなじ史学科で知り合って仲のよいふたりが集まっている。出会ってまだ半年程度ということが信じられないくらい、私たちは、三人をひとつの単位としている。
きょうは開校記念日で、学校も休み。窓の外でははらはらと落ち葉が舞っているけど、もの寂しい感じはしない。季節はただ過ぎていくけど、私の日常はここにある。そうわかったのは、いったいいつだったろう。すくなくとも小学二年生のあの夏の日には、わかっていなかった。
部屋には、ジュースもスナック菓子もおつまみもどっさり。私たちはまだ未成年だから、お酒は飲まない。おカタイねーと言われるけど、そういうところの意見も合うから、私たちはこうやってつるめるのだと思う。
ひとり暮らしの狭い部屋だ。私はベッドに座っていて、ふたりはカーペットを敷いた床の上に座ってもらっている。ふたりともクッションを抱いているところがなんだかおかしい。
「よーしっ。準備万端。きょうこそ話してもらうよ、伊鈴!」
「だって、いつもはぐらかすもんね? いつも自分から言うくせにねー」
あはは、と私は笑った。
「話したかったんだけどね。変な話だから、なかなか」
「いまさらでしょー! 伊鈴、変な想い出のひとーとかいってそのうち評判になっちゃうよ?」
「すでにだったりして」
「言えてる!」
私は、もういっかい笑って、でもそのまますこしうつむいた。自分のベッドのシーツのしわさえも、なんだか、あの日に重なったりする。
「……ねえ。私たちって、友だちだよね」
べたべたしたがる女子中学生とか女子高生みたいな、馬鹿なことを言っている自覚はあった。でも、どうしても、確認せずにはいられない。
ふたりはあっけらかんと笑い飛ばしてくれる。
「なーに言ってんの、想い出の話聴いただけで友だちやめるなんてことあるー?」
「そうだよー、ウチらのこれまでの大学生活はなんだったんだってことになっちゃうっての」
「そうだよね……ありがと。でも、ほんとに」
私は、シーツをぎゅっと掴んだ。
「……ほんとに、変な話なんだよ」
場が、きょうはじめて静まる。ちゅちゅん、とすずめの声だけが明るい。
いつもとは私が違う、ということに、察しのいいふたりは気づいてくれたのだろう。
私がふたりにこういった素を見せたのは、たぶん、はじめてだ。
「……まあ、そりゃ。話聴いてみないとわからんけどさ。さすがに犯罪とかだったらそれなりに対処しなきゃだし……でも、過去のことでいまの伊鈴を判断するほど、私たち視野は狭くないと思うよ。なんのための史学科なんだってことじゃん」
「そうだよ。つっかえてんなら話してみ、そっちのが楽になるから」
ふたりはいつも通り笑顔だったが、おどけた調子のなかに、真剣さが見え隠れする。
私はもういちどシーツを、ぎゅっ、と掴む。
「……じゃあ、お願い。聴いてくれるかな」
いまさら他人行儀だってーっ、とふたりは口々に言ってくれる。
……話そう。
話すんだ。
こうして振り返ってみれば、小さなできごとだったはず。
でも、あの日は私の人生の澱なのだ。
それさえも振り払うかのように、地元から上京してきて、大学でできたこの友人たちなら、あるいは、きっと、この変な想い出を変だと、そう言ってくれるかもしれないのだから……。
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