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こっち、って言いながら背後から伸びてきた手が俺の手に重ねられてハンドルを奪う。
「…うわっ!?」
あわてて急ブレーキ。
今日はルーティンが少し違ってた。
「なんだよ急に?」
「病院寄る」
「あ…」
うっかり忘れていた。倫也と俺は遊びで同居生活をしているわけじゃなかった。
倫也は通学かばんから個包装のマスクを取り出した。
「あ、ありがとう…」
そうだ、病院内はマスク着用だもんな。
駅からほど近い総合病院。前を通ったことは何度もあるが、入ったことはない。縁のない場所だった。
倫也は正面の出入口からすたすたと入り、迷うことなくエレベーターに乗り込む。
一階の受付前に並んだベンチには老若男女が待っていたが、その階は入院患者も見舞いと思しき人たちもお年寄りばかりのようだった。もちろん学生服姿なんか、倫也と俺のふたりだけ。俺は少し緊張して、身の縮む思いがする。消毒薬の独特の匂いがただよっている。
「じーちゃん、来たよー」
「トモ。学校は済んだのかい」
大部屋の右奥から二番目。
倫也のおじいさんは体を起こして話せる状態だった。頭を下げ、ベッドの脇に立つ。
モニターみたいなのは腕についているけど、たくさんの管につながれて目を閉じたまま、みたいな感じでは全然なかった。やつれてもおらず、どっちかと言えばふくよか。とりあえずほっとする。
みつる、とだけ言って倫也は俺を紹介した。トモがお世話になっています、と頭を下げられるから、子どもの俺はどうしていいかわからない。
午前中に検査があって、とか、おじさんに連絡して明日持って来てもらうから、と俺にはわからない話をし始める。倫也はあいかわらずのポーカーフェイスで、うん、わかった、などとあいづちを打つ。
行儀が悪いとは思いつつ、慣れない場所でついきょろきょろしてしまう。点滴の管、おじいさんの生年月日などが書かれた札が頭の方に下がっている。サイドテーブルには今日の新聞、ボックスティッシュ、それから写真立て。
やがて倫也はビニールバッグを抱えて病室を出る。洗濯をするのだと言った。
「俺、なんかできることあるかな」
「べつにないけど…」
ないのかよ。戦力外だと思われてる?
「じゃ、売店でミネラルウォーターと、キャラメル買って来て。じーちゃん好きだから」
「…わかった!」
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