卵焼き

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売店の場所がわからず手こずった。 廊下の片隅、ランドリーという表示板の掲げられた部屋の前。ベンチでマスクを外して息をつき、また、マスクをする横顔。 つい、立ち止まる。 そのときばかりは絵になってたからじゃ、ない。 入院したら、そりゃ、洗濯物だって出るし細かい物だって誰かが買いに行かなきゃならないよな。親戚に連絡したりだってある。俺は幸いにも身近な存在が入院したことがないから、そんなことすらわからなかった。しくしく泣いて悲しんで落ち込んでりゃいいってわけじゃない。やらなきゃならないことはたくさんあるんだ。 「…倫也」 こっちを向く。 「買って来た」 「ありがと」 となりに腰かける。 「まだ時間かかるから、洗濯」 「…あの、ごめん」 俺の顔をのぞき込んだ。 「俺、なんにも知らなかった…」 のほほんと人にアイスとか食わせやがって、ってちょっと思ってたかもしんない。 「大変、だろ?」 「そうでもない。普段はおじさん夫婦がやってくれてる。今日は用があってどうしても来れないって言うから、代わり」 ちらりと見た写真立ての中には、三人の姿がおさまっていた。たぶん、倫也の亡くなったお父さんとお母さん。それから、お父さんに抱っこされている倫也。顔は今よりずっと丸っこかったけれど、パーツがすでに倫也だっったからわかった。 それを見たら。倫也のなにを知っているわけでもないが、胸がぎゅっとした。 俺はさっき、倫也から小銭を受け取って走り出しそうになって、病院の中だからとそれを(とど)めたのだった。おつかいを頼まれたがきみたいな妙なテンション。この場所で俺は無力だってわかってしまったからこそ、無性になにかしたくなった。 同じ高校二年生の倫也はここにひとりで通って、雑事を済ませてまた家でひとりで過ごしてたんだ。 そりゃあ、よく知らない近所の同級生の家にだって押しかけたくなるよな。
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