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「たまには気晴らしでもしろよ。彼女…とかと」
「…彼女なんかいないよ」
そうなのか? でも遊んでくれる相手くらい、いくらでもいるんだろ?
三組でいつも倫也を囲んでる、ややコワモテの人たちを思い浮かべる。やけにシャツの襟を開いて、ピアスやチェーンネックを着けた方々。
そう、倫也はああいう人たちのあいだから見え隠れする、俺にとってはまるで架空の人物だった。今までは。
月ヶ瀬倫也が他校の女子とキスしてた、校内でヤってた…らしいって、もはや伝説のように聞かされてきた。中学の頃、いや、小学校高学年くらいからずっと。
「俺なんかキスどころか、彼女だってろくにいたこともないのに」
不公平だよなー。心の内がつい、だだもれする。
「…充は好きな人いないの?」
「え?」
好きな人、という言葉に虚をつかれた。やけにピュアな響き。
「…いない」
「好きな相手がいないのにキスをしたいって思うの?」
な、なに遊び人のくせに正論言ってんだよ…。俺の思春期のあてどない欲望を言い当てられたみたいで、ぐっと言葉に詰まる。
「そりゃ…してみたいよ」
病院でなにを話してんだと思いつつ、俺はつぶつぶと言葉を紡ぐ。キスだけじゃなくいろいろしてみたいよ。想像上の、あんなことやこんなこと。
「だって俺は、したことがないから。どうやってするのかなって、思うじゃん。健全な男子高校生としてはさ」
男同士の気安さからか、俺は身もふたもない答えを返す。
「そんなに知りたいの…?」
あ、半笑いしてやがる。マスクしてるけど、それでもわかった。完全にばかにされてるな。
「し…知りたい」
「どうして?」
「倫也は何回もしたことあって、どうってことなくいつでも誰とでもできるのかもしんないけど…俺みたいな平々凡々な男はさあ…」
もうほとんど愚痴だ。
こちとら、もしかしたら一生キスできないかもって悶々と悩んで眠れなくなったりしてんだよ。そこは、さすがに情けなくて言えないけれど。
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