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「呼び方、『倫也』でいい」
「え、でも」
仲良くも何ともないんだけど。
それに倫也と俺じゃあ、住む世界が違う。共通の友達さえもたぶんいない。
「…ちっちゃいとき、遊んだことある」
背中、肩甲骨のあいだあたりに頭を押しつけられた感覚。
小さい頃? そういやそんな話、親がしてたかも。
「じゃあ…と、倫也」
校内一のモテ男を呼び捨てするのは、実際口に出してみるとますます現実感がない。
「いいのか? これで」
「ああ。んで俺は『充』な」
「べつにいいけどよ…」
俺の名前なんて減るもんじゃなし、呼びたけりゃ好きに呼べばいい。
話すことは特になかったから、そのあとは無言でチャリを漕ぐ。家に着くまで倫也はずっと俺の背中におでこをくっつけてた。
もしかしたら、がたがたする道や下り坂がこわいのかもしれない。月ヶ瀬倫也のちょっとした秘密。そう思ったら少し楽しくなった。
反響(?)は思ったよりでかかった。
「ねえっ、鈴木! 昨日あの後どうなったの!?」
「いっしょに暮らすって何なんだよ? 実は呼び出されてボコられたんじゃねーかって俺ら、心配してたんだぜ」
月ヶ瀬倫也が俺の家の中にいる。妙な風景だった。合成画像みたいだった。前から仲のいいやつであれば、かっこよかろうがモテモテだろうがなんでもいいが、知らん男だ。違和感が半端ない。
俺は倫也の、ただソファに座っているだけで絵になる横顔から目を離すと現実的な問題に戻った。
俺が作れる料理といったら、チャーハンや簡単な肉野菜炒めくらいだ。親が冷蔵庫を満杯にしていったから、ひとまず今晩はどうとでもなる。生活費も口座に入っている。
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