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よるのおおかみ・その5
明日、充の両親が帰って来るっていうのに裸でキッチンに寝かせるわけにはいかなかった。脱ぎ捨てた制服、乱れたキッチンマット。こぼれたオリーブオイルに倒れたスツール。後始末しないと。
軽くシャワーを浴びて服を着せて、充の部屋に移動した。ベッドの上で、充は「絶対に寝ない」と強情を張る。
落ち着かせるために、背中をさする。
「ともや…」
泣きそうになって、それをこらえながら俺にしがみつく充はかわいいって、こんなときですら思ってしまう。
「もう、会えない…?」
充はふにゃふにゃとした声でつぶやく。体力的にも限界のはずだ。
充との最後の夜。最初は、軽いキスだけで終わりにしようと思っていた。それなのに体まで重ねた。充と並んで料理したり皿を洗った、その同じ場所で。俺は学校で言われているとおりの、みさかいのないおおかみ、なのかもしれない。
こんなときなのに。
でも切実だった。こんなときだからこそ。
充も同じ気持ちだったはずだ。
北海道の、どこだかわからないようなところに俺は行かなきゃならない。
充のぜんぶをおぼえておきたいし、俺のことを、おぼえていてほしかったから。
「いっちゃ、やだ…」
「また会えるよ」
なだめるためだけに、俺はそんなふうに答えた。会えるかもしれない。もう二度と会えないかも、しれない。
「…次に会えるときまで、持ってて」
鎖の留め金を外した。
「そんな大事なもの、もらえるかよ…」
もうおねむの充の、俺の腕をつかむ手をゆっくりとほどく。てのひらの中にネックレスを落とした。
寝入ったのを確かめて、充の頬に唇をつけた。今日はずいぶんいろんな場所にキスしたけれど、そういえば頬にするのははじめてだ。
充。
俺の最高のフツメン。
「充…ばいばい」
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